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内容紹介・もくじなど
著者プロフィール
松本 恭子(マツモト キョウコ)
1956年、鳥取県生まれ。大学卒業後、同県で教諭となる。教員1年目に照道さんと出会い、2年目に結婚。照道さんの転勤を機に広島県に移住、教員採用試験を受け直し、以降2001年からは照道さん(52歳)の介護をしながら2017年3月の定年退職(教頭)まで教員を続ける。退職後、照道さんを自宅で介護するために看護学校に入学。2年目の2018年10月に照道さんが亡くなる。その後、団地の世話人や民生委員を引き受け、また、若年性認知症の人たちのための「夜の認知症カフェ」の活動に取り組みはじめる。2019年4月、照道さんが若年性認知症のうたがいがあると言われてからの18年間をま…( ) 松本 恭子(マツモト キョウコ)
1956年、鳥取県生まれ。大学卒業後、同県で教諭となる。教員1年目に照道さんと出会い、2年目に結婚。照道さんの転勤を機に広島県に移住、教員採用試験を受け直し、以降2001年からは照道さん(52歳)の介護をしながら2017年3月の定年退職(教頭)まで教員を続ける。退職後、照道さんを自宅で介護するために看護学校に入学。2年目の2018年10月に照道さんが亡くなる。その後、団地の世話人や民生委員を引き受け、また、若年性認知症の人たちのための「夜の認知症カフェ」の活動に取り組みはじめる。2019年4月、照道さんが若年性認知症のうたがいがあると言われてからの18年間をまとめ、世に問うために県立広島大学修士課程に大学院生として入学。1か月後にすい臓がんが見つかる。診断後も抗がん剤治療を受けながら研究を続け、入退院を繰り返しながら「夜の認知症カフェ」へも参加。闘病の末、2020年5月26日、照道さんのもとへ旅立つ(享年64歳) |
もくじ情報:1 もの忘れに気づいてから若年性認知症を受け止めるまで;2 退職後の新たな役割―若年性認知症を知ってもらう;3 対談・若年性認知症の人の家族の思い―人生、生き生きと暮らせることを伝えたい;4 若年性認知症の診断から始まる家族の不安と職場の理解;5 活躍できる「居場所」は当事者がつくる;6 若年性認知症に寄り添う支援
もくじ情報:1 もの忘れに気づいてから若年性認知症を受け止めるまで;2 退職後の新たな役割―若年性認知症を知ってもらう;3 対談・若年性認知症の人の家族の思い―人生、生き生きと暮らせることを伝えたい;4 若年性認知症の診断から始まる家族の不安と職場の理解;5 活躍できる「居場所」は当事者がつくる;6 若年性認知症に寄り添う支援