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内容紹介・もくじなど
著者プロフィール
藤原 道長(フジワラノ ミチナガ)
966(康保3)年~1027(万寿4)年。平安中期の公卿。兼家の五男。母は摂津守藤原中正の娘。兄らの急死後、内覧として政権掌握。一条・三条・後一条天皇に娘らを次々入内させ、天皇の外戚として摂関政治の全盛期を築く。1016年(長和5)摂政、1017年(寛仁元)太政大臣、従一位。法成寺を建立し御堂関白と称された。日記『御堂関白記』を残した。62歳で死去 藤原 道長(フジワラノ ミチナガ)
966(康保3)年~1027(万寿4)年。平安中期の公卿。兼家の五男。母は摂津守藤原中正の娘。兄らの急死後、内覧として政権掌握。一条・三条・後一条天皇に娘らを次々入内させ、天皇の外戚として摂関政治の全盛期を築く。1016年(長和5)摂政、1017年(寛仁元)太政大臣、従一位。法成寺を建立し御堂関白と称された。日記『御堂関白記』を残した。62歳で死去 |
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摂関政治の頂点を極めた藤原道長の日記『御堂関白記』。著名な「この世をば」の歌が詠まれた夜の狂騒、政敵たちとの優美な暗闘、自身の病―、華やかな王朝文学の背後で、政務に邁進し、苦悩する道長の人間臭い実像を活写する。ユネスコの「世界の記憶」にも登録された自筆本等の現存する膨大な記事から、研究の第一人者が真実を伝える鮮烈な条を抽出して現代語訳。絶頂期を築いた男の視点から、平安貴族たちの正体に迫る。
もくじ情報:長徳元年(九九五)いきなり政権獲得;長徳四年(九九八)大病で辞表提出;長保元年(九九九)彰子を入内させる;長保二年(一〇〇〇)彰子を中宮に;寛弘元年(一〇〇四)頼通が春日祭使を務める;寛弘二年(一〇〇五)内裏が焼亡し神鏡が焼損;寛弘三年(一〇〇六)興福寺の愁訴に対応;寛弘四年(一〇〇七)決死の金峯山詣;寛弘五年(一〇〇八)敦成親王が誕生;寛弘六年(一〇〇九)敦良親王が誕生;寛弘七年(一〇一〇)〓子が東宮に入侍;寛弘八年(一〇一一)一条天皇が崩御・葬送/三条天皇が即位;長和元年(一〇一二)〓子と〓子が立后;長和二年(一〇一三)禎子内親王が誕生;長和四年(一〇一五)三条天皇との対立;長和五年(一〇一六)後一条天皇が即位/摂政に就任;寛仁元年(一〇一七)敦良親王が立太子;寛仁二年(一〇一八)威子が立后、「この世をば」;寛仁三年(一〇一九)出家する;寛仁四年(一〇二〇)無量寿院が落慶;治安元年(一〇二一)念仏を読む