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日本の哲学・思想(近代)
出版社名:新泉社
出版年月:2020年4月
ISBN:978-4-7877-2005-4
397P 19cm
善とは何か/西田幾多郎『善の研究』講義
大熊玄/著
組合員価格 税込
2,673
円
(通常価格 税込 2,970円)
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内容紹介・もくじなど
難解だといわれる“日本最初の哲学書”を初学者でも読める平易な現代口語訳に!『善の研究』第三編「善」の徹底解読書。
もくじ情報:人間の行為を、心理学的に、意識現象(とくに意志)として考えてみる;人間の行為(≒意志)は、科学的だけでなく、哲学的にも考えるべきだ;意志の自由とは、選択できることではなく、自己の内から必然的に出てくること;実在は、理論的にだけでなく、価値的に考えてこそ、真に理解できる;直覚説―「善は、そのまま明らかにパッとわかるものだ」?;権威説―「善は、とにかくエライものに従っていることだ」?;合理説(主知説)―「善は、知的に理屈で判断できるものだ」?;快楽説(功利主義)―「善は、幸…(
続く
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難解だといわれる“日本最初の哲学書”を初学者でも読める平易な現代口語訳に!『善の研究』第三編「善」の徹底解読書。
もくじ情報:人間の行為を、心理学的に、意識現象(とくに意志)として考えてみる;人間の行為(≒意志)は、科学的だけでなく、哲学的にも考えるべきだ;意志の自由とは、選択できることではなく、自己の内から必然的に出てくること;実在は、理論的にだけでなく、価値的に考えてこそ、真に理解できる;直覚説―「善は、そのまま明らかにパッとわかるものだ」?;権威説―「善は、とにかくエライものに従っていることだ」?;合理説(主知説)―「善は、知的に理屈で判断できるものだ」?;快楽説(功利主義)―「善は、幸福度や快楽量で測れるものだ」?;活動説(主意説)―「善は、自己(意志)が現実化・完成することだ」!;統一する力としての「人格」や「理想」という視点から、善を考える;善い行為は、いかなる動機でされるのか(その内的な仕組み);善い行為で、いかなる結果を求めるのか(その具体的な中身);どんな境遇や能力の人であっても、完全な善行はできる
著者プロフィール
大熊 玄(オオクマ ゲン)
1972年、千葉生まれ、新潟育ち。立命館大学史学科(東洋史学専攻)卒業、金沢大学大学院文学研究科修士課程(比較思想研究室・インド哲学)修了、同大学院社会環境科学研究科(博士後期)満期退学。専門は東洋思想・日本哲学(西田幾多郎、鈴木大拙)。1999年から約一年半のインド・プネー大学への留学より帰国後、石川県西田幾多郎記念哲学館の開館準備に携わる。金沢大学非常勤講師、石川県西田幾多郎記念哲学館専門員・学芸課長を経て、現在、同館副館長、立教大学文学部・大学院21世紀社会デザイン研究科准教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
大熊 玄(オオクマ ゲン)
1972年、千葉生まれ、新潟育ち。立命館大学史学科(東洋史学専攻)卒業、金沢大学大学院文学研究科修士課程(比較思想研究室・インド哲学)修了、同大学院社会環境科学研究科(博士後期)満期退学。専門は東洋思想・日本哲学(西田幾多郎、鈴木大拙)。1999年から約一年半のインド・プネー大学への留学より帰国後、石川県西田幾多郎記念哲学館の開館準備に携わる。金沢大学非常勤講師、石川県西田幾多郎記念哲学館専門員・学芸課長を経て、現在、同館副館長、立教大学文学部・大学院21世紀社会デザイン研究科准教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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もくじ情報:人間の行為を、心理学的に、意識現象(とくに意志)として考えてみる;人間の行為(≒意志)は、科学的だけでなく、哲学的にも考えるべきだ;意志の自由とは、選択できることではなく、自己の内から必然的に出てくること;実在は、理論的にだけでなく、価値的に考えてこそ、真に理解できる;直覚説―「善は、そのまま明らかにパッとわかるものだ」?;権威説―「善は、とにかくエライものに従っていることだ」?;合理説(主知説)―「善は、知的に理屈で判断できるものだ」?;快楽説(功利主義)―「善は、幸福度や快楽量で測れるものだ」?;活動説(主意説)―「善は、自己(意志)が現実化・完成することだ」!;統一する力としての「人格」や「理想」という視点から、善を考える;善い行為は、いかなる動機でされるのか(その内的な仕組み);善い行為で、いかなる結果を求めるのか(その具体的な中身);どんな境遇や能力の人であっても、完全な善行はできる