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出版社名:三樹書房
出版年月:2026年10月
ISBN:978-4-89522-864-0
215P 27cm
プリンス自動車工業の歴史 日本の自動車史に大きな足跡を残したメーカー
当摩節夫/著
 
組合員価格 税込 4,752円
(通常価格 税込 5,280円)
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内容紹介・もくじなど
航空技術者を中心としたプリンス自動車工業は、常に新しい技術を取り入れて新型車を開発した。さらに海外への輸出や国内レースに参戦するなど、先進的な自動車メーカーとして大きな発展を遂げた。しかし、1966年に通産省による「業界再編成」の勧めにより、プリンス自動車工業は日産自動車と合併することになり、新たな一歩を踏み出すことになったのである。
もくじ情報:プリンスの歴史;カタログでたどるプリンスのクルマたち(たま電気自動車;プリンス・セダン(AISH系);スカイライン第1世代(SI系);スカイライン・スポーツ(BLRA‐3型);スカイライン第2世代(S50系) ほか)
航空技術者を中心としたプリンス自動車工業は、常に新しい技術を取り入れて新型車を開発した。さらに海外への輸出や国内レースに参戦するなど、先進的な自動車メーカーとして大きな発展を遂げた。しかし、1966年に通産省による「業界再編成」の勧めにより、プリンス自動車工業は日産自動車と合併することになり、新たな一歩を踏み出すことになったのである。
もくじ情報:プリンスの歴史;カタログでたどるプリンスのクルマたち(たま電気自動車;プリンス・セダン(AISH系);スカイライン第1世代(SI系);スカイライン・スポーツ(BLRA‐3型);スカイライン第2世代(S50系) ほか)
著者プロフィール
当摩 節夫(トウマ セツオ)
1937年、東京に生まれる。1956年に富士精密工業入社、開発実験業務にかかわる。1967年、合併した日産自動車の実験部に移籍、1970年にATテストでデトロイト~西海岸を車で1往復約1万キロ走破。往路はシカゴ~サンタモニカまで、当時は現役であった「ルート66」3800kmを走破。1972年に日産自動車、海外サービス部に移り、海外代理店のマネージメント指導、KD車両のチューニングなどにかかわる。1986年~1997年の間、カルソニックの海外事業部に移籍、豪亜地域の海外拠点展開にかかわる。1986年~1989年の間シンガポール駐在。現在はRJC(日本自動車研究者 ジ…(続く)
当摩 節夫(トウマ セツオ)
1937年、東京に生まれる。1956年に富士精密工業入社、開発実験業務にかかわる。1967年、合併した日産自動車の実験部に移籍、1970年にATテストでデトロイト~西海岸を車で1往復約1万キロ走破。往路はシカゴ~サンタモニカまで、当時は現役であった「ルート66」3800kmを走破。1972年に日産自動車、海外サービス部に移り、海外代理店のマネージメント指導、KD車両のチューニングなどにかかわる。1986年~1997年の間、カルソニックの海外事業部に移籍、豪亜地域の海外拠点展開にかかわる。1986年~1989年の間シンガポール駐在。現在はRJC(日本自動車研究者 ジャーナリスト会議)および、米国SAH(The Society of Automotive Historians,Inc.)のメンバー。1954年から世界の自動車カタログの収集を始め現在に至る(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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