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出版社名:思文閣出版
出版年月:2016年7月
ISBN:978-4-7842-1850-9
403,19P 20cm
幕末外交儀礼の研究 欧米外交官たちの将軍拝謁
佐野真由子/著
組合員価格 税込
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円
(通常価格 税込 5,500円)
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内容紹介・もくじなど
文学賞情報:2018年23回日本比較文学会賞受賞
日本と欧米の国との正式な外交関係は、安政四(一八五七)年、アメリカ総領事タウンゼント・ハリスの登城・将軍家定拝謁をもって幕を開けた。本書が取り上げるのは、徳川幕府終焉まで計一七例を数えた、欧米諸国の外交官による将軍拝謁。幕府は自らの儀礼伝統に則り、同時に西洋の慣習とも齟齬のない形で、その様式を完成させていた。当時、対外関係の第一線にあった幕臣たちのその努力こそ、わが国が世界の舞台に立つための第一歩であった。政治交渉の過程とは異なる次元で展開した外交儀礼の形成過程は、従来の研究で見落とされてきた、もうひとつの幕末史である。
もくじ情報:1 幕末外…(
続く
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文学賞情報:2018年23回日本比較文学会賞受賞
日本と欧米の国との正式な外交関係は、安政四(一八五七)年、アメリカ総領事タウンゼント・ハリスの登城・将軍家定拝謁をもって幕を開けた。本書が取り上げるのは、徳川幕府終焉まで計一七例を数えた、欧米諸国の外交官による将軍拝謁。幕府は自らの儀礼伝統に則り、同時に西洋の慣習とも齟齬のない形で、その様式を完成させていた。当時、対外関係の第一線にあった幕臣たちのその努力こそ、わが国が世界の舞台に立つための第一歩であった。政治交渉の過程とは異なる次元で展開した外交儀礼の形成過程は、従来の研究で見落とされてきた、もうひとつの幕末史である。
もくじ情報:1 幕末外交儀礼の背景(徳川幕府の儀礼と対外関係;欧米諸国の外交儀礼);2 幕末外交儀礼の展開(アメリカ総領事ハリスの将軍拝謁(安政四年);試行錯誤;儀礼様式の成立;四ヵ国代表の将軍慶喜拝謁(慶応三年));「対等外交」をもたらした幕末外交儀礼
著者プロフィール
佐野 真由子(サノ マユコ)
1969年東京生まれ。東京大学教養学部教養学科(国際関係論専攻)卒業。ケンブリッジ大学国際関係論専攻MPhil課程修了。東京大学博士(学術)。国際交流基金、UNESCO本部勤務、静岡文化芸術大学准教授等を経て、国際日本文化研究センター(日文研)准教授。専門分野は、外交史・文化交流史、文化政策(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
佐野 真由子(サノ マユコ)
1969年東京生まれ。東京大学教養学部教養学科(国際関係論専攻)卒業。ケンブリッジ大学国際関係論専攻MPhil課程修了。東京大学博士(学術)。国際交流基金、UNESCO本部勤務、静岡文化芸術大学准教授等を経て、国際日本文化研究センター(日文研)准教授。専門分野は、外交史・文化交流史、文化政策(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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日本と欧米の国との正式な外交関係は、安政四(一八五七)年、アメリカ総領事タウンゼント・ハリスの登城・将軍家定拝謁をもって幕を開けた。本書が取り上げるのは、徳川幕府終焉まで計一七例を数えた、欧米諸国の外交官による将軍拝謁。幕府は自らの儀礼伝統に則り、同時に西洋の慣習とも齟齬のない形で、その様式を完成させていた。当時、対外関係の第一線にあった幕臣たちのその努力こそ、わが国が世界の舞台に立つための第一歩であった。政治交渉の過程とは異なる次元で展開した外交儀礼の形成過程は、従来の研究で見落とされてきた、もうひとつの幕末史である。
もくじ情報:1 幕末外…(続く)
日本と欧米の国との正式な外交関係は、安政四(一八五七)年、アメリカ総領事タウンゼント・ハリスの登城・将軍家定拝謁をもって幕を開けた。本書が取り上げるのは、徳川幕府終焉まで計一七例を数えた、欧米諸国の外交官による将軍拝謁。幕府は自らの儀礼伝統に則り、同時に西洋の慣習とも齟齬のない形で、その様式を完成させていた。当時、対外関係の第一線にあった幕臣たちのその努力こそ、わが国が世界の舞台に立つための第一歩であった。政治交渉の過程とは異なる次元で展開した外交儀礼の形成過程は、従来の研究で見落とされてきた、もうひとつの幕末史である。
もくじ情報:1 幕末外交儀礼の背景(徳川幕府の儀礼と対外関係;欧米諸国の外交儀礼);2 幕末外交儀礼の展開(アメリカ総領事ハリスの将軍拝謁(安政四年);試行錯誤;儀礼様式の成立;四ヵ国代表の将軍慶喜拝謁(慶応三年));「対等外交」をもたらした幕末外交儀礼