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出版社名:草思社
出版年月:2018年4月
ISBN:978-4-7942-2330-2
590P 16cm
孤独な帝国日本の一九二〇年代 ポール・クローデル外交書簡一九二一-二七/草思社文庫 ク2-1
ポール・クローデル/著 奈良道子/訳
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詩人でもある仏大使が、第一次大戦の戦勝国としてさらなる近代化に向けて驀進する一方、孤立を深める日本社会をあたたかい眼で活写。
詩人でもある仏大使が、第一次大戦の戦勝国としてさらなる近代化に向けて驀進する一方、孤立を深める日本社会をあたたかい眼で活写。
内容紹介・もくじなど
二十世紀フランス文学を代表する詩人、劇作家であった外交官ポール・クローデルが駐日大使時代に本国に送った外交書簡集。ジャポニズムを愛したクローデルが、大使として東京に赴任したのは第一次大戦世界後。彼が遺した書簡には、極東の新興勢力として国際社会の注目を集め、近代化に向けて邁進する日本社会の諸相が見事な筆致で描かれている。さらに英米の連携が強まる情勢下で、日本が孤立を深めつつあることを指摘し、その先に到来する事態を正確に見通していた―卓越した観察眼がとらえた、近代日本の転換点に迫る第一級の外交文書。
もくじ情報:裕仁皇太子摂政となる;ワシントン会議と日本の軍艦数の削減、および中国の問題;私の信任状…(続く
二十世紀フランス文学を代表する詩人、劇作家であった外交官ポール・クローデルが駐日大使時代に本国に送った外交書簡集。ジャポニズムを愛したクローデルが、大使として東京に赴任したのは第一次大戦世界後。彼が遺した書簡には、極東の新興勢力として国際社会の注目を集め、近代化に向けて邁進する日本社会の諸相が見事な筆致で描かれている。さらに英米の連携が強まる情勢下で、日本が孤立を深めつつあることを指摘し、その先に到来する事態を正確に見通していた―卓越した観察眼がとらえた、近代日本の転換点に迫る第一級の外交文書。
もくじ情報:裕仁皇太子摂政となる;ワシントン会議と日本の軍艦数の削減、および中国の問題;私の信任状の捧呈;カトリック布教団;日仏協会の懇親会;駐日ドイツ大使ゾルフ博士の発言;大隈侯爵の死;日仏接近に関する『読売新聞』の記事;山県公爵の死、元老制度の終焉;国内問題・陸軍の縮小・普通選挙・ボルシェビズムの弾圧〔ほか〕
著者プロフィール
クローデル,ポール(クローデル,ポール)
詩人、劇作家、外交官。1868~1955。パリ東北東、約100キロの小村ヴィルヌーヴ・スュル・フェールで地方官吏の息子として1868年(明治維新の年)8月に生まれる。姉のカミーユは彫刻家。ロダンの弟子で愛人でもあった。1890年、外交官試験に首席合格。ニューヨーク、ボストン、上海、福州、天津、北京、プラハ、フランクフルト、ハンブルクの領事館勤務を経て、1917年リオデジャネイロ駐在公使、19年にコペンハーゲンの駐在公使となる。21年から27年まで駐日大使を務め、その後、ワシントン、ブリュッセルに大使として駐在する
クローデル,ポール(クローデル,ポール)
詩人、劇作家、外交官。1868~1955。パリ東北東、約100キロの小村ヴィルヌーヴ・スュル・フェールで地方官吏の息子として1868年(明治維新の年)8月に生まれる。姉のカミーユは彫刻家。ロダンの弟子で愛人でもあった。1890年、外交官試験に首席合格。ニューヨーク、ボストン、上海、福州、天津、北京、プラハ、フランクフルト、ハンブルクの領事館勤務を経て、1917年リオデジャネイロ駐在公使、19年にコペンハーゲンの駐在公使となる。21年から27年まで駐日大使を務め、その後、ワシントン、ブリュッセルに大使として駐在する

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