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出版社名:KADOKAWA
出版年月:2025年12月
ISBN:978-4-04-082529-8
211P 18cm
「酔っぱらい」たちの日本近代 酒とアルコールの社会史/角川新書 K-499
右田裕規/〔著〕
組合員価格 税込 982
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内容紹介・もくじなど
内容紹介:「今日は華金」「一杯くらい飲めないと」「絶対に終電で帰る」 「泥酔しても8時出社」 --【デキる奴ほど酒を飲む】はいつ生まれ、なぜ消えゆくのか?江戸時代まで、飲酒は日常から「解放」される儀礼的な営みであり、祝宴では酔いつぶれることこそが「マナー」だった。工業化の過程で、都市に集まった人びとは翌日の労働のために飲酒を規制しはじめる。好んで夜の街にくりだしながら、酔いを隠し、記憶喪失を恐れ、「割勘」でしめやかに終わる。こうした一見矛盾する飲み方は、どのような過程で都市民たちに内面化されていったのか。近代史の隙間で労働の日々を生きた日本人の秘史を、気鋭の歴史社会学者が炙り出す。●帰る客に玄…(続く
内容紹介:「今日は華金」「一杯くらい飲めないと」「絶対に終電で帰る」 「泥酔しても8時出社」 --【デキる奴ほど酒を飲む】はいつ生まれ、なぜ消えゆくのか?江戸時代まで、飲酒は日常から「解放」される儀礼的な営みであり、祝宴では酔いつぶれることこそが「マナー」だった。工業化の過程で、都市に集まった人びとは翌日の労働のために飲酒を規制しはじめる。好んで夜の街にくりだしながら、酔いを隠し、記憶喪失を恐れ、「割勘」でしめやかに終わる。こうした一見矛盾する飲み方は、どのような過程で都市民たちに内面化されていったのか。近代史の隙間で労働の日々を生きた日本人の秘史を、気鋭の歴史社会学者が炙り出す。●帰る客に玄関で飲ませる近世の「追酒盛」●明治半ば、浅草の盛り場は昼のものだった●「社用族」は総力戦体制が生んだ●戦後日本は「割勘」が主流化 世界的にも「奢り」が少ない国に【目次】はじめに第1章 つぶれるまで飲む--近世の飲酒スタイル第2章 仕事帰りに飲む、終電で帰る--昼酒慣行の終焉第3章 曖昧な仕事と飲酒--酒席の労働化第4章 飲んで、燃料補給する--ガソリンとアルコール第5章 米から麦へ--あらたな飲酒文化おわりに
明日も働くわたしたちの近代史。なぜ我々は飲んで飲んで、マジメに終電に群がるのか―。近世まで、飲酒は非日常性を体感する儀礼的な営みであり、祝宴では酔いつぶれることこそが「マナー」だった。工業化の過程で、都市に集まった人びとは翌日の労働のために飲酒を規制しはじめる。好んで夜の街に繰り出しながら、酔いを隠し、記憶喪失を恐れ、「ワリカン」でしめやかに終わる。こうした一見矛盾する飲み方は、どのような過程で都市民たちに内面化されていったのか。近代化の隙間で労働の日々を生きた日本人の秘史を、気鋭の社会学者が炙り出す。
もくじ情報:第1章 つぶれるまで飲む―近世の飲酒スタイル(江戸は酔っぱらいが多かった;飲酒率の高かった近世社会 ほか);第2章 仕事帰りに飲む、終電で帰る―昼酒慣行の終焉(たまに途中下車して、新宿で1杯;仕事中の「昼酒」は当たり前だった ほか);第3章 曖昧な仕事と飲酒―酒席の労働化(「余暇」は労働時間の一部?;酒豪としての経営者像 ほか);第4章 飲んで、燃料補給する―ガソリンとアルコール(酒は疲れをいやす?;「ダリヤミ」の文化 ほか);第5章 米から麦へ―あらたな飲酒文化(日本人はいつ「米の酒」から離れたか;清酒が市場シェア7割だった ほか)
著者プロフィール
右田 裕規(ミギタ ヒロキ)
1973年、島根県生まれ。京都大学大学院文学研究科博士後期課程研究指導認定退学。博士(文学)。山口大学時間学研究所講師を経て、准教授。専門は社会学。近代社会固有の時間経験・知覚について、社会学的な視座から研究を続けている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
右田 裕規(ミギタ ヒロキ)
1973年、島根県生まれ。京都大学大学院文学研究科博士後期課程研究指導認定退学。博士(文学)。山口大学時間学研究所講師を経て、准教授。専門は社会学。近代社会固有の時間経験・知覚について、社会学的な視座から研究を続けている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)