|
内容紹介・もくじなど
著者プロフィール
仁木 悦子(ニキ エツコ)
1928年東京府(現在の東京都)生まれ。四歳の時に胸椎カリエスを発症し、幼少期からベッドと車椅子での生活を送る。宮沢賢治の作品を愛読して童話を書くようになり、54年に「白い雲・黒い雲」で『こどもクラブ』の懸賞に入選。本名の大井三重子名義で児童文学を手掛ける傍ら、姉の影響で海外ミステリに接し、河出書房の〈探偵小説名作全集〉の公募に『猫は知っていた』を投稿。同作は第一席に入選するも版元の事情で出版されず、江戸川乱歩の計らいで第三回江戸川乱歩賞の候補になり、57年年に同賞に選ばれた。仁木雄太郎と悦子の兄妹が活躍する同作はベストセラーを記録し、58年に大映で映画化されている…() 仁木 悦子(ニキ エツコ)
1928年東京府(現在の東京都)生まれ。四歳の時に胸椎カリエスを発症し、幼少期からベッドと車椅子での生活を送る。宮沢賢治の作品を愛読して童話を書くようになり、54年に「白い雲・黒い雲」で『こどもクラブ』の懸賞に入選。本名の大井三重子名義で児童文学を手掛ける傍ら、姉の影響で海外ミステリに接し、河出書房の〈探偵小説名作全集〉の公募に『猫は知っていた』を投稿。同作は第一席に入選するも版元の事情で出版されず、江戸川乱歩の計らいで第三回江戸川乱歩賞の候補になり、57年年に同賞に選ばれた。仁木雄太郎と悦子の兄妹が活躍する同作はベストセラーを記録し、58年に大映で映画化されている(監督=島耕二、主演=仁木多鶴子)。仁木は乱歩の選評をもとに「日本のクリスティー」と称されたが、明るい筆致の〈仁木兄妹〉シリーズだけではなく、私立探偵・三影潤を主役とするハードボイルドにも秀作が多い。81年に「赤い猫」で第三十四回日本推理作家協会賞を受賞。86年逝去 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ミステリ作家たちが工夫を凝らし、読者と頭脳戦を繰り広げる犯人当て小説。その傑…(続く)
ミステリ作家たちが工夫を凝らし、読者と頭脳戦を繰り広げる犯人当て小説。その傑作の数々から“読者への挑戦”ものを中心に精選し、全3巻のアンソロジーに集成した。第2巻には長屋のご隠居が掛軸泥棒を見抜く仁木悦子「横丁の名探偵」、恩人の息子捜しが殺人事件に発展する巽昌章「埋もれた悪意」、犯人当て短篇を作中に挟んだ今邑彩「時鐘館の殺人」など全7篇を収録する。