|
内容紹介・もくじなど
著者プロフィール
牛村 圭(ウシムラ ケイ)
国際日本文化研究センター教授、総合研究大学院大学教授(併任)。比較文学、比較文化論、文明論(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 牛村 圭(ウシムラ ケイ)
国際日本文化研究センター教授、総合研究大学院大学教授(併任)。比較文学、比較文化論、文明論(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
もくじ情報:1 古をかえりみる(暴露の愉悦と誤認の恐怖―「病草紙」における病者との距離;古代ローマ文明における身体―葬送儀礼から看取できる身体観の変遷);2 近代に向けて、あるいは対峙して(機械論と蘭学者の身体観;纏足の再把握―身体論としての視座を求めて;腹がでていてなにが悪い;文明、身体、そしてオリンピック―大森兵蔵『オリンピック式 陸上運動競技法』の周辺;清潔な身体―水にまつわる文化的一考察);3 文学の視座から(喜歌劇『ミカド』と日本人の身体;身体の苦しみから魂の救いへ―遠藤周作の『海と毒薬』と『悲しみの歌』;身体のない他者…(続く)
もくじ情報:1 古をかえりみる(暴露の愉悦と誤認の恐怖―「病草紙」における病者との距離;古代ローマ文明における身体―葬送儀礼から看取できる身体観の変遷);2 近代に向けて、あるいは対峙して(機械論と蘭学者の身体観;纏足の再把握―身体論としての視座を求めて;腹がでていてなにが悪い;文明、身体、そしてオリンピック―大森兵蔵『オリンピック式 陸上運動競技法』の周辺;清潔な身体―水にまつわる文化的一考察);3 文学の視座から(喜歌劇『ミカド』と日本人の身体;身体の苦しみから魂の救いへ―遠藤周作の『海と毒薬』と『悲しみの歌』;身体のない他者・身体をもつ他者―オーストラリア文学における日本人描写の変遷)