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内容紹介・もくじなど
著者プロフィール
野崎 充彦(ノザキ ミツヒコ)
1955年、奈良県生まれ。大阪市立大学大学院教授。専攻は朝鮮古典文学・伝統文化論。1990年、大阪市立大学大学院後期博士課程(中国文学)単位取得退学。2002年「朝鮮異人伝承論」で博士号取得(大阪市立大学・文学博士)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 野崎 充彦(ノザキ ミツヒコ)
1955年、奈良県生まれ。大阪市立大学大学院教授。専攻は朝鮮古典文学・伝統文化論。1990年、大阪市立大学大学院後期博士課程(中国文学)単位取得退学。2002年「朝鮮異人伝承論」で博士号取得(大阪市立大学・文学博士)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
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韓国がそう言われるのは<日本に似て非なる>国だからであろう。
であればこそ親しみやすい反面、食い違いが生じれば忽ち嫌韓感情を生んでしまう。
その韓国とは、2002年のサッカーワールドカップ共催を契機に、俄かに「韓流ブーム」が沸き起こり、歴史ドラマが数多く紹介され好評を博した。
それらの多くは秀作・力作ぞろいで、今でも人気は高いが、作品を通じて朝鮮時代や韓国文化が理解できるかと言われれば、「水戸黄門のドラマを見て江戸時代や日本のことを知ろうとする」のと変わりない。
その国のことを理解するには、このようなドラマではなく、古典を通して逍遥するのも有効かもしれない。
とい…(続く)
韓国がそう言われるのは<日本に似て非なる>国だからであろう。
であればこそ親しみやすい反面、食い違いが生じれば忽ち嫌韓感情を生んでしまう。
その韓国とは、2002年のサッカーワールドカップ共催を契機に、俄かに「韓流ブーム」が沸き起こり、歴史ドラマが数多く紹介され好評を博した。
それらの多くは秀作・力作ぞろいで、今でも人気は高いが、作品を通じて朝鮮時代や韓国文化が理解できるかと言われれば、「水戸黄門のドラマを見て江戸時代や日本のことを知ろうとする」のと変わりない。
その国のことを理解するには、このようなドラマではなく、古典を通して逍遥するのも有効かもしれない。
というのも、韓国文化の母体は朝鮮時代にあるからだ。
その朝鮮時代に朱子学(儒教)を通じて国家建設を目指した「士大夫」と呼ばれる科挙合格官僚がいる。
特に朝鮮前期に活躍した成俔の随筆「慵斎叢話」は当時の世相を知る最上の資料でもある。
この「慵斎叢話」は宮中世界、歴史・文学、自然現象から巷の奇譚・笑話に至るまで多様な話があるが、本書では極めて人間臭い話題を中心に、男女のスキャンダル、破壊僧、呪詛・占い、宮廷秘話など、韓国の厳しい儒教社会に対する先入観を打ち破る奇異譚を紹介する。
韓国が“近くて遠い”と称されるのは“日本に似て非なる”国だからでもある。であればこそ親しみやすい反面、食い違いが生じれば忽ち嫌韓感情を生んでしまう。その克服には古典回帰が有効かもしれない。韓国文化の母体は朝鮮時代にあるが、なかでも朱子学(儒教)を通じて国家建設を目指した「士大夫」と呼ばれる科挙合格官僚で、朝鮮前期に活躍した成俔の随筆「慵斎叢話」は当時の世相を知る最上の資料だ。この「慵斎叢話」には宮中世界、歴史・文学、自然現象から巷の奇譚・笑話に至るまで多様な話があるが、本書では極めて人間くさい話題を中心に、我々の儒教社会に対する先入観を打ち破る奇異譚をお届けする。
もくじ情報:はじめに 儒者の随筆;第1章 僧のいる風景;第2章 パンス―盲僧の占卜・祈〓・呪詛;第3章 飲食男女、人の大欲存す;第4章 愉快な士大夫たち;第5章 成俔の家門と兄弟;第6章 成俔の時代と『慵斎叢話』の視野と語りの世界;おわりに その後の成俔