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内容紹介・もくじなど
著者プロフィール
飯村 豊(イイムラ ユタカ)
1946年東京都生まれ。東京教育大学附属駒場中・高等学校、東京大学教養学部教養学科を経て、1969年外務省入省。外務省研修生として仏ディジョン大学、ストラスブール大学に留学。海外では在ソ連(当時)大使館、在フランス大使館、在フィリピン大使館及び在米大使館、国内においては欧亜局西欧一課、調査部企画課、アジア局南東アジア一課及び官房人事課首席事務官、経済協力局技術協力課長、官房報道課長、欧亜局審議官、経済協力局長及び官房長を務めた。2001年官房長更迭後官房審議官(監察・査察担当)を経て、駐インドネシア特命全権大使、駐フランス特命全権大使、政府代表(中東地域及び欧州地…() 飯村 豊(イイムラ ユタカ)
1946年東京都生まれ。東京教育大学附属駒場中・高等学校、東京大学教養学部教養学科を経て、1969年外務省入省。外務省研修生として仏ディジョン大学、ストラスブール大学に留学。海外では在ソ連(当時)大使館、在フランス大使館、在フィリピン大使館及び在米大使館、国内においては欧亜局西欧一課、調査部企画課、アジア局南東アジア一課及び官房人事課首席事務官、経済協力局技術協力課長、官房報道課長、欧亜局審議官、経済協力局長及び官房長を務めた。2001年官房長更迭後官房審議官(監察・査察担当)を経て、駐インドネシア特命全権大使、駐フランス特命全権大使、政府代表(中東地域及び欧州地域関連)を歴任。外務省以外では、ハーバード大学国際関係研究所フェロー、国際博覧会協会(BIE)執行委員会委員長、MSH(米国NGO)理事、東京大学公共政策大学院客員教授、日本・インドネシア協会副会長、フランス国立高等社会科学研究院シニア・フェロー、東京大学経営評議会学外委員・総長選考会議議長を務める。現在、GRIPS・政策研究院シニア・フェロー、日仏会館評議員、日本ハンガリー商工会議所顧問(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
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もくじ情報:プロローグ 「国賊」と呼ばれた家庭から外交官へ;第1章 「外交と世論の関係」は永遠の課題(田中眞紀子外務大臣―ポピュリズムの嵐に巻き込まれた日本外交;外交を生かすも殺すも世論の動き ほか);第2章 相互批判と協力が交錯する日米欧関係(フランスの「自主独立外交」を学んだ研修生時代;ロシア人の欧米警戒心と恐怖心を…(続く)
もくじ情報:プロローグ 「国賊」と呼ばれた家庭から外交官へ;第1章 「外交と世論の関係」は永遠の課題(田中眞紀子外務大臣―ポピュリズムの嵐に巻き込まれた日本外交;外交を生かすも殺すも世論の動き ほか);第2章 相互批判と協力が交錯する日米欧関係(フランスの「自主独立外交」を学んだ研修生時代;ロシア人の欧米警戒心と恐怖心を学んだソ連勤務 ほか);第3章 体験して初めてわかった途上国外交(最大のODA供与国からの転落;インドネシアから日本を見る);終章 「第四の開国」を求めて(東南アジアとパワー・ポリティックス;リアリズムと幻想 ほか)