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内容紹介・もくじなど
著者プロフィール
嘉田 由紀子(カダ ユキコ)
1950年埼玉県の養蚕農家生まれ。アフリカ探検をめざし京都大学へ。1971年アフリカで半年暮らし「コップ一杯の水の価値」を学ぶ。1973年アメリカ留学、環境社会学を学び、指導教授から日本での研究を示唆され、琵琶湖と人びとの関係性の研究を始める。農学博士。1981年滋賀県琵琶湖研究所研究員、1985年から琵琶湖博物館の企画提案、1996年琵琶湖博物館開館。2000年から京都精華大学教授、2006年から2014年まで滋賀県知事。2014年からびわ湖成蹊スポーツ大学学長。2019年から参議院議員、2025年に二期目にはいる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されて…() 嘉田 由紀子(カダ ユキコ)
1950年埼玉県の養蚕農家生まれ。アフリカ探検をめざし京都大学へ。1971年アフリカで半年暮らし「コップ一杯の水の価値」を学ぶ。1973年アメリカ留学、環境社会学を学び、指導教授から日本での研究を示唆され、琵琶湖と人びとの関係性の研究を始める。農学博士。1981年滋賀県琵琶湖研究所研究員、1985年から琵琶湖博物館の企画提案、1996年琵琶湖博物館開館。2000年から京都精華大学教授、2006年から2014年まで滋賀県知事。2014年からびわ湖成蹊スポーツ大学学長。2019年から参議院議員、2025年に二期目にはいる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
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2020年7月4日、線状降水帯がもたらした豪雨は球磨川流域を襲い、50名もの命を奪った。「川辺川ダムを造らなかったから犠牲者が出た」そう語られるようになってしまった現場で、実際に何が生死を分けたのか。球磨川という流域を舞台に、ダム・水害・女性という視点から未来の治水について見つめ直すものがたり。特別対談掲載!加藤登紀子×嘉田由紀子「分断に橋を架け、絶望を希望に!」
もくじ情報:序章 加藤登紀子さんと嘉田由紀子が語る、ダム問題の今;第1章 なぜ今、球磨川水害と女性たちなのか?;第2章 自然の恵みに希望を託す五木村の5人の女性;第3章 川辺川ダムでは救えなかった人吉市内溺死者20名の命!;第4章 球磨川下りの歴史と人吉市内の旅館の女将たち;第5章 球磨川の母は言った。「水害は一時、川は永遠」;第6章 中流部の球磨村では、瀬戸石ダムの影響で10名以上が溺死;第7章 球磨川最下流部の八代市で、つる詳子さんに聴く 八代海の自然の声に耳を傾けてきた女性たち;第8章 『苦海浄土―わが水俣病』の作家・石牟礼道子さんは八代海から球磨川水源の市房ダム、川辺川ダムに思いをはせる;第9章 川辺川ダム問題に挑戦した女性政治家、元熊本県知事・潮谷義子さん;第10章 これからの河川政策、土地固有のリスクと精神文化を埋め込んだ「ほんまもんの流域治水」の実現を!