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内容紹介・もくじなど
著者プロフィール
長谷川 諒(ハセガワ リョウ)
博士(教育学)、音楽教育学者、エリザベト音楽大学専任講師。研究会での講演や即興演奏ワークショップの講師として活動している。活動の概要はSNSやYouTubeチャンネル「音楽教育学者の思考」で随時発信中。2021年度より日本音楽即興学会の理事長を務めている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 長谷川 諒(ハセガワ リョウ)
博士(教育学)、音楽教育学者、エリザベト音楽大学専任講師。研究会での講演や即興演奏ワークショップの講師として活動している。活動の概要はSNSやYouTubeチャンネル「音楽教育学者の思考」で随時発信中。2021年度より日本音楽即興学会の理事長を務めている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
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音楽教育は「感性」と「創造性」に変わる新たな語彙を必要としている。音楽科は、公教育において「美」を扱う。だから今こそ批判されなければならない。
もくじ情報:趣味判断の非他律論―カント『判断力批判』と音楽科教育(序論;カントの認識論概説―コペルニクス的転回と趣味判断の位置づけ;第一の契機「美の無関心性」と音楽科教育;第二の契機「主観的普遍性」…(続く)
音楽教育は「感性」と「創造性」に変わる新たな語彙を必要としている。音楽科は、公教育において「美」を扱う。だから今こそ批判されなければならない。
もくじ情報:趣味判断の非他律論―カント『判断力批判』と音楽科教育(序論;カントの認識論概説―コペルニクス的転回と趣味判断の位置づけ;第一の契機「美の無関心性」と音楽科教育;第二の契機「主観的普遍性」と音楽科教育;第三の契機「目的なき合目的性」と音楽科教育;第四の契機「範例的必然性」と音楽科教育:趣味判断の非他律論―音楽科教育と「美」);公共音楽試論―アーレント、ベイリー、エスペラント語(はじめに―音楽と公共の接面;アーレントの公共哲学;音楽と言語/自然と人工;公共音楽試論―フリー・インプロヴィゼーションのその先へ);音楽科教育における美と公共―小論集(音楽科における主体性と主観性―「文化の創造」を中心とする新たな音楽教育原理の提案;音楽科における「学びに向かう力」とは何か―カリキュラムの余白と到達目標の排他性;音と音楽の分水嶺―「よさや美しさ」と音楽づくり;音楽科教育の公共性―美と公共の倫理的邂逅)