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内容紹介・もくじなど
著者プロフィール
山田 史生(ヤマダ フミオ)
1959年、福井県生れ。東北大学文学部卒業。東北大学大学院文学研究科修了。博士(文学)。中国思想研究者・根笹派錦風流尺八奏者(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 山田 史生(ヤマダ フミオ)
1959年、福井県生れ。東北大学文学部卒業。東北大学大学院文学研究科修了。博士(文学)。中国思想研究者・根笹派錦風流尺八奏者(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
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禅問答は、ことばを使っておこなう、地に足のついた禅僧同士の、ガチな対話の記録である。唐代の名僧・趙州は、ことばで相手の基盤を揺さぶる達人で、師である南泉との問答には、「道」「平常心」「我欲」「自力」といった禅的思考の本質が凝縮されている。決してわかりやすいものではないそれは、禅のスタート地点にあるもので、つまずきながら読み込む先に、おもしろさという値打ちがある。この世で自力で生きていくためのヒントに満ちた11の問答を味わう一冊。
もくじ…(続く)
禅問答は、ことばを使っておこなう、地に足のついた禅僧同士の、ガチな対話の記録である。唐代の名僧・趙州は、ことばで相手の基盤を揺さぶる達人で、師である南泉との問答には、「道」「平常心」「我欲」「自力」といった禅的思考の本質が凝縮されている。決してわかりやすいものではないそれは、禅のスタート地点にあるもので、つまずきながら読み込む先に、おもしろさという値打ちがある。この世で自力で生きていくためのヒントに満ちた11の問答を味わう一冊。
もくじ情報:第1の問答 平常心がそれだ―なにも隠されていない;第2の問答 言語化なくして明暗なし;第3の問答 なにが有ることを知っているのか;第4の問答 火事だ!火事だ!;第5の問答 助けて!助けて!;第6の問答 命がけの一言をよこせ―しからずんば諦めよ;第7の問答 くやしい!くやしい!;第8の問答 手綱はもってきたか―それでも自己は捨てきれない;第9の問答 理屈にかかずらうな―けれども言語化はサボれない;第10の問答 なんてこったい!;第11の問答 ことばは生きている―仏をもとめ、汚れを捨てよ