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内容紹介・もくじなど
著者プロフィール
田崎 英明(タザキ ヒデアキ)
1960年生。一橋大学社会学部卒、東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。現在、立教大学現代心理学部教授。専門は、身体社会論、身体政治論、ジェンダー/セクシュアリティ理論(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 田崎 英明(タザキ ヒデアキ)
1960年生。一橋大学社会学部卒、東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。現在、立教大学現代心理学部教授。専門は、身体社会論、身体政治論、ジェンダー/セクシュアリティ理論(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
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構築と(再)生産と帰属を要求する「社会」ではなく、そこから脱落した「無能な者たち」による「共同体」の条件とはなにか。可能性と潜在性が枯…(続く)
構築と(再)生産と帰属を要求する「社会」ではなく、そこから脱落した「無能な者たち」による「共同体」の条件とはなにか。可能性と潜在性が枯渇したところから始まる、政治の思考と生の形式とはなにか。ハイデガー、アーレント、ベンヤミン、フーコーらを参照しつつ、大胆な視点と飛躍を恐れぬ文体で問題の核心に切り込む。
もくじ情報:Impotenz―中断;苦痛/イデア―グノーシス主義者たち;Essentia―名と叫び;法の彼方―正義;「私は語る」―苦痛、敷居、石;「私は見た」―声、イメージ、真理;非同時代性―再生産に抗して保たれるもの;生を導く―エートスについて;テクネー/ポリス―国民化の時間性について;恥、怒り、存在;悲劇の批判―朽ちることとしてのDasein;不気味なもの―魂の内戦のために;名の間違いについて―哲学者と詩人の生;作品とその死後の生―時間性なき歴史の概念のために;思考の在り処;死、ことば、まなざし;共同体への問い;イメージ―社会の残りもの;生は語ることができるか―生‐政治の次元における抵抗