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内容紹介・もくじなど
著者プロフィール
山本 勉(ヤマモト ツトム)
1964年生まれ。愛媛県北宇和郡津島町(現宇和島市)出身。宇和島東高校卒業後、会社員を経て1989年からセ・リーグ公式記録員。両リーグの統合により2010年から日本野球機構(NPB)所属となる。1993年から一軍公式戦を担当して、現役最多の1395試合に出場。日本シリーズ出場3回、オールスターゲーム出場3回(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 山本 勉(ヤマモト ツトム)
1964年生まれ。愛媛県北宇和郡津島町(現宇和島市)出身。宇和島東高校卒業後、会社員を経て1989年からセ・リーグ公式記録員。両リーグの統合により2010年から日本野球機構(NPB)所属となる。1993年から一軍公式戦を担当して、現役最多の1395試合に出場。日本シリーズ出場3回、オールスターゲーム出場3回(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
もくじ情報:両翼78メートル本塁打を量産したプロ野球のメッカ“後楽園スタヂアム”;工場の敷地内で開催された広島県初のプロ野球“福山三菱電機球場”;5球団がキャンプを張った野球王国・愛媛の聖地“松山市営球場”;跡地に立つ中学校からノーヒッターが誕生“中津市営球場”;紅顔の美少年・大田垣喜夫母校で凱…(続く)
もくじ情報:両翼78メートル本塁打を量産したプロ野球のメッカ“後楽園スタヂアム”;工場の敷地内で開催された広島県初のプロ野球“福山三菱電機球場”;5球団がキャンプを張った野球王国・愛媛の聖地“松山市営球場”;跡地に立つ中学校からノーヒッターが誕生“中津市営球場”;紅顔の美少年・大田垣喜夫母校で凱旋登板“尾道西高校グラウンド”;西鉄黄金時代の「野武士軍団」が躍動した舞台“平和台野球場”;フィギュアの聖地に刻まれた「フィールド・オブ・ドリームス」“大須球場”;完全試合男・藤本英雄(巨人)悲願の200勝達成“和歌山県営球場”;水原vs三原宿命のライバルが対峙した北の大地“苫小牧市営球場”;昭和の時代に勇者たちが駆けた舞台“阪急西宮スタジアム”〔ほか〕