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内容紹介・もくじなど
著者プロフィール
本間 浩昭(ホンマ ヒロアキ)
1960年生まれ。85年、同志社大学文学部卒業後、東南アジアを1年余り放浪したのち、毎日新聞社入社。足かけ36年にわたり根室通信部(現社会部北海道グループ根室)で取材を続ける記者。北方四島に代表される国境地域(ボーダー)の記憶の発掘や、望ましい将来像を描くことをライフワークとする。2000年、旧石器発掘捏造事件の端緒を入手し報道。取材班の一員として01年に新聞協会賞、菊池寛賞、早稲田ジャーナリズム大賞を受賞。NPO法人北の海の動物センター理事(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 本間 浩昭(ホンマ ヒロアキ)
1960年生まれ。85年、同志社大学文学部卒業後、東南アジアを1年余り放浪したのち、毎日新聞社入社。足かけ36年にわたり根室通信部(現社会部北海道グループ根室)で取材を続ける記者。北方四島に代表される国境地域(ボーダー)の記憶の発掘や、望ましい将来像を描くことをライフワークとする。2000年、旧石器発掘捏造事件の端緒を入手し報道。取材班の一員として01年に新聞協会賞、菊池寛賞、早稲田ジャーナリズム大賞を受賞。NPO法人北の海の動物センター理事(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島―この国境の島々ではかつて1万8000人もの人々が生活を営んでいた。しかし、ポツダム宣言受諾後の1945年8月28日、ソ連は択捉島から侵攻。平穏な島民の暮らしは一変し、それぞれの運命は大きく分かれていく。本土へ向かう船の遭難で命を落とした小さな子、現地に残り突然樺太に強制移住させられた一家、混住で育まれた交流…。戦争が市民にもたらす災禍を明らかにし、四島問題の解決策まで見通す。当時の記憶を持つ人を訪ね続けてきた著者による唯一無二の記録。
もくじ情報:第一章 択捉島のいちばん長い日;第二章 国後島、色丹島、歯舞群島にも次々と侵攻;第三章 ソビエト国民との混住が始まった;第四章 ふるさとの島々を後に;第五章 水晶島に残留した日本人がいた;第六章 国境があいまいだった時代に;第七章 元島民が考える解決案