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内容紹介・もくじなど
著者プロフィール
高杉 晋作(タカスギ シンサク)
1839年生まれの長州藩士。藩校明倫館や吉田松陰主宰の松下村塾に学び、62年に上海に渡航。63年、奇兵隊を結成し、66年の第2次長州征討で長州軍の指揮を執るなど活躍するが、67年に病没 高杉 晋作(タカスギ シンサク)
1839年生まれの長州藩士。藩校明倫館や吉田松陰主宰の松下村塾に学び、62年に上海に渡航。63年、奇兵隊を結成し、66年の第2次長州征討で長州軍の指揮を執るなど活躍するが、67年に病没 |
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文久二年(一八六二)、長州藩士・高杉晋作は幕府の使節団に随行し上海に渡った。そこで目にしたのは、太平天国の乱で列強の干渉を招いた清国の惨状と、洋式軍隊の威力を誇る欧米の露骨なアジア戦略だった。このままでは日本も同じ轍を踏むという危機感が、帰国後の晋作を突き動かす原動力となる。晋作自身による渡航日記に、「高杉晋作の生涯」を併録。
もくじ情報:遊清五録(遊清五録序;航海日録;上海淹留日録;続航海日録;内情探索録;外情探索録;外情探索録 巻の二;長崎淹留雑録);付録(『遊清五録』を追って;高杉晋作の生涯)