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著者プロフィール
スペア,オースティン オスマン(スペア,オースティンオスマン)
オースティン・オスマン・スペア(1886~1956)は、ロンドンに生まれた画家であり独自の魔術思想を展開した異才の神秘思想家である。十代でロイヤル・アカデミー展に史上最年少出品を果たし、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートに進学。オーブリー・ビアズリーら同時代の装飾的線描や象徴主義の潮流に触発されつつ、幻想的かつ独創的な画風を確立した。思想面ではウィリアム・ブレイクやニーチェから影響を受け、アレイスター・クロウリーと交流を持ちながらも異なる方向性の魔術体系を築き上げた。絵画面では、戦後にサイデリアル肖像(Sidereal Portra…() スペア,オースティン オスマン(スペア,オースティンオスマン)
オースティン・オスマン・スペア(1886~1956)は、ロンドンに生まれた画家であり独自の魔術思想を展開した異才の神秘思想家である。十代でロイヤル・アカデミー展に史上最年少出品を果たし、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートに進学。オーブリー・ビアズリーら同時代の装飾的線描や象徴主義の潮流に触発されつつ、幻想的かつ独創的な画風を確立した。思想面ではウィリアム・ブレイクやニーチェから影響を受け、アレイスター・クロウリーと交流を持ちながらも異なる方向性の魔術体系を築き上げた。絵画面では、戦後にサイデリアル肖像(Sidereal Portraiture)を開拓して人物の内的本質を描写し、1955年には『元素の具現化(Elemental Materialisation)』を発表。主流美術界から距離を置きつつも熱心な支持を得て、晩年から没後にはケネス・グラントらによってケイオスマジックにも大きな影響を与えた。近年に再評価が進み、今日では美術とオカルティズムを架橋する孤高の芸術家・魔術師として国際的に注目され続けている |
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20世紀初頭、魔術師・芸術家・異端哲学者として孤高の光を放った一人の男が宗教を超え、心理学を超え、芸術をも超える“意識の哲学”を放った生命の書。文体の難解さと思想の特異さにより、これまで日本語に訳されてこなかった幻の魔術書がついに完訳された!アレイスター・クロウリーの『法の書』に匹敵する重要魔術文献であり、スペアの思想の核となる代表作2作を平易な日本語でお届けする。
もくじ情報:快楽の書(訳者解説―『快楽の書』について;快楽の書);ゾスの呪詛(訳者解説―『ゾスの呪詛』をめぐって;ゾスの呪詛―偽善者…(続く)
20世紀初頭、魔術師・芸術家・異端哲学者として孤高の光を放った一人の男が宗教を超え、心理学を超え、芸術をも超える“意識の哲学”を放った生命の書。文体の難解さと思想の特異さにより、これまで日本語に訳されてこなかった幻の魔術書がついに完訳された!アレイスター・クロウリーの『法の書』に匹敵する重要魔術文献であり、スペアの思想の核となる代表作2作を平易な日本語でお届けする。
もくじ情報:快楽の書(訳者解説―『快楽の書』について;快楽の書);ゾスの呪詛(訳者解説―『ゾスの呪詛』をめぐって;ゾスの呪詛―偽善者たちへの説教)