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内容紹介・もくじなど
著者プロフィール
康 熙奉(カン ヒボン)
作家。1954年東京生まれ。在日韓国人二世。韓国の歴史・文化・韓流や日韓の歴史交流を描いた著作が多い(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 康 熙奉(カン ヒボン)
作家。1954年東京生まれ。在日韓国人二世。韓国の歴史・文化・韓流や日韓の歴史交流を描いた著作が多い(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
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関ケ原合戦は、単なる権力争いではなく、豊臣家臣団を二分した深刻な内紛の終着点であった。その亀裂は、泥沼化した「文禄・慶長の役」ですでに決定的なものとなっていた。外征で過酷な動員を強いられた西国大名の多大な犠牲に対し、恩賞は皆無。不満の矛先は石田三成ら奉行衆へ向かった。三成らの冷徹な報告は、最前線で戦った加藤清正ら武断派の武功を否定するものと映り、両者には修復不能な憎悪が芽生えた。関ケ原合戦は外征から続く豊臣内部の復讐戦という側面を持つ。この外征がいかに大名を…(続く)
関ケ原合戦は、単なる権力争いではなく、豊臣家臣団を二分した深刻な内紛の終着点であった。その亀裂は、泥沼化した「文禄・慶長の役」ですでに決定的なものとなっていた。外征で過酷な動員を強いられた西国大名の多大な犠牲に対し、恩賞は皆無。不満の矛先は石田三成ら奉行衆へ向かった。三成らの冷徹な報告は、最前線で戦った加藤清正ら武断派の武功を否定するものと映り、両者には修復不能な憎悪が芽生えた。関ケ原合戦は外征から続く豊臣内部の復讐戦という側面を持つ。この外征がいかに大名を離反させ、徳川家康による政権奪取の布石となったか。本書は、そのプロセスを史実に基づき詳細に浮き彫りにする。
もくじ情報:序章 文禄の役は奇襲作戦から始まった;第1章 豊臣軍の怒涛の進撃はどこまで続いたのか;第2章 偽りの和平交渉は果たして成立したのか;第3章 再戦となった慶長の役は何をもたらしたのか;第4章 豊臣家臣団の分裂は何を引き起こしたか;第5章 復讐を果たす「天下分け目の決戦」