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内容紹介・もくじなど
著者プロフィール
ラシーヌ,ジャン(ラシーヌ,ジャン)
1639‐99。フランスを代表する悲劇作家。ピカルディ地方ラ・フェルテ=ミロン生まれ。三歳で両親を亡くし、父方の祖父母に育てられる。1650年ごろポール=ロワイヤルに預けられ、修道院併設の私塾「小さな学校」で高い教養をもつ隠修士たちの教育を受けた。1664年、悲劇『ラ・テバイッド』で劇作家デビュー。以後、戯曲の相次ぐ成功で確固たる名声を確立し、1677年には国王の修史官に任命される。その途上、演劇の危険性をめぐってポール=ロワイヤルと対立するが、やがて和解し、終生この修道院に深い愛着を抱きつづけた ラシーヌ,ジャン(ラシーヌ,ジャン)
1639‐99。フランスを代表する悲劇作家。ピカルディ地方ラ・フェルテ=ミロン生まれ。三歳で両親を亡くし、父方の祖父母に育てられる。1650年ごろポール=ロワイヤルに預けられ、修道院併設の私塾「小さな学校」で高い教養をもつ隠修士たちの教育を受けた。1664年、悲劇『ラ・テバイッド』で劇作家デビュー。以後、戯曲の相次ぐ成功で確固たる名声を確立し、1677年には国王の修史官に任命される。その途上、演劇の危険性をめぐってポール=ロワイヤルと対立するが、やがて和解し、終生この修道院に深い愛着を抱きつづけた |
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もくじ情報:第一部(ポール=ロワイヤルとモビュイッソンの改革;ポール=ロワイヤル・ド・パリと聖体修道会;サン=シラン大修道院長;二つの修道院;イエズス会との最初の対立;五命題;アルノー譴責事件から聖荊の奇蹟へ;枢機卿、君主、神学者;『プロヴァンシアル』;信仰宣誓書);第二部(ポール=ロワイヤルを滅ぼす;聖なる修道院長の最期;署名をめぐ…(続く)
もくじ情報:第一部(ポール=ロワイヤルとモビュイッソンの改革;ポール=ロワイヤル・ド・パリと聖体修道会;サン=シラン大修道院長;二つの修道院;イエズス会との最初の対立;五命題;アルノー譴責事件から聖荊の奇蹟へ;枢機卿、君主、神学者;『プロヴァンシアル』;信仰宣誓書);第二部(ポール=ロワイヤルを滅ぼす;聖なる修道院長の最期;署名をめぐる問題;和平への希望;修道女の追放から第二の宣誓書へ);関連資料(異文;一七六七年版の追記;一六六三年の枢密顧問会議議事録の抜粋;一六六四年から一六六七年についてのノート)