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内容紹介・もくじなど
著者プロフィール
北山 研二(キタヤマ ケンジ)
1949年生、2023年没。東京外国語大学大学院(修士課程)修了。成城大学名誉教授。写真論、映画論、文化論、建築論など、芸術と表象文化に関わる多数の論文と、フランス語教育に関わる教科書等の業績がある 北山 研二(キタヤマ ケンジ)
1949年生、2023年没。東京外国語大学大学院(修士課程)修了。成城大学名誉教授。写真論、映画論、文化論、建築論など、芸術と表象文化に関わる多数の論文と、フランス語教育に関わる教科書等の業績がある |
もくじ情報:第一章 過剰さの芸術;第二章 アントナン・アルトーの自画像または他者の風景の解体;第三章 新しい知覚概念・新しい対象着想法としてのアンフラマンスとは;第四章 非文学へと開かれる文学 ルーセル的文学あるいは写真的文学;第五章 鮮明なショットと不鮮明なショットが織りなすベケットの『フィルム』とは;第六章 日本における身体の文化的表象;(付録一)…(続く)
もくじ情報:第一章 過剰さの芸術;第二章 アントナン・アルトーの自画像または他者の風景の解体;第三章 新しい知覚概念・新しい対象着想法としてのアンフラマンスとは;第四章 非文学へと開かれる文学 ルーセル的文学あるいは写真的文学;第五章 鮮明なショットと不鮮明なショットが織りなすベケットの『フィルム』とは;第六章 日本における身体の文化的表象;(付録一) なぜ佐藤雅晴のアートはアンフラマンスを過剰に制作するのか;(付録二) 佐藤雅晴における外と内とを同時に生きる感覚とは何か;(付録三) 日常における驚き―ロメール、小津、是枝作品において