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内容紹介・もくじなど
著者プロフィール
永井 均(ナガイ ヒトシ)
1965年生まれ。立教大学大学院文学研究科博士課程後期課程満期退学。博士(文学)。現在、広島市立大学広島平和研究所教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 永井 均(ナガイ ヒトシ)
1965年生まれ。立教大学大学院文学研究科博士課程後期課程満期退学。博士(文学)。現在、広島市立大学広島平和研究所教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
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広島港の南3キロに位置する似島。かつてそこは、原爆により壊滅した市の中心部から被災者が続々と運び込まれ、野戦病院となった。大火傷により無残な姿となった被災者たちは、治療の施しようもなく命を落とし、死者として弔われないまま島に埋められた。被災者や救護者たちの手記や貴重な資料をもとに、歴史から取りこぼ…(続く)
広島港の南3キロに位置する似島。かつてそこは、原爆により壊滅した市の中心部から被災者が続々と運び込まれ、野戦病院となった。大火傷により無残な姿となった被災者たちは、治療の施しようもなく命を落とし、死者として弔われないまま島に埋められた。被災者や救護者たちの手記や貴重な資料をもとに、歴史から取りこぼされてしまった、似島の原爆体験を蘇らせる。
もくじ情報:第一章 広島への原爆投下(マンハッタン計画;二種類の原爆と投下目標);第二章 臨時野戦病院と化した島(原爆被災者の搬送;難航する救護活動;死者の扱い);第三章 「千人塚」と「供養塔」(千人塚;似島供養塔;平和記念公園内への遺骨の移管);第四章 遺骨発掘と想起される記憶(被爆二六年後の遺骨の発見;相次ぐ遺骨の発掘)