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内容紹介・もくじなど
著者プロフィール
楊 海英(ヨウ カイエイ)
1964年、南モンゴルのオルドス高原生まれ。静岡大学人文社会科学部教授。北京第二外国語学院アジア・アフリカ語学部日本語学科卒業。同大学助手を経て、1989年に来日。総合研究大学院大学博士課程修了。専攻は文化人類学。博士(文学)。著書に、第14回司馬遼太郎賞受賞の『墓標なき草原(上・下)』(岩波書店)、第3回「国基研 日本研究賞」受賞の『チベットに舞う日本刀』(文藝春秋)などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 楊 海英(ヨウ カイエイ)
1964年、南モンゴルのオルドス高原生まれ。静岡大学人文社会科学部教授。北京第二外国語学院アジア・アフリカ語学部日本語学科卒業。同大学助手を経て、1989年に来日。総合研究大学院大学博士課程修了。専攻は文化人類学。博士(文学)。著書に、第14回司馬遼太郎賞受賞の『墓標なき草原(上・下)』(岩波書店)、第3回「国基研 日本研究賞」受賞の『チベットに舞う日本刀』(文藝春秋)などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
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文化大革命は「地主」「郷紳(村郷の紳士)」の撲滅を皮切りに「反革命分子」をことごとく圧殺し、人類史上、数多の犠牲者を生んだ。空前の政権を建てようとした毛沢東は、従来の王朝交替時になかった郷紳階級の肉体的消滅・抹消を試み、中国の共同体を破壊してしまう。社会主義・共産主義の暴力性と呼応し、わが国とも連動した粛清と支配の恐怖は今、習近平政権に引き継がれている。
もくじ情報:第1章 文化大革命への助走(鎮反運動;文化大革命研究における「ゴミ資料」の意義;反右派運動の…(続く)
文化大革命は「地主」「郷紳(村郷の紳士)」の撲滅を皮切りに「反革命分子」をことごとく圧殺し、人類史上、数多の犠牲者を生んだ。空前の政権を建てようとした毛沢東は、従来の王朝交替時になかった郷紳階級の肉体的消滅・抹消を試み、中国の共同体を破壊してしまう。社会主義・共産主義の暴力性と呼応し、わが国とも連動した粛清と支配の恐怖は今、習近平政権に引き継がれている。
もくじ情報:第1章 文化大革命への助走(鎮反運動;文化大革命研究における「ゴミ資料」の意義;反右派運動の陽謀作戦;餓死するコミューン);第2章 革命の勃発と激化(江青夫人がリードする「文化戦線」;中国でつくられた「フルシチョフ」;不発だった上からの文化革命);第3章 革命の食人宴(老紅衛兵と造反派紅衛兵;革命的現代劇が創った農村暴力の原型;モンゴル草原に潰えた林彪元帥);第4章 民族ジェノサイドと日本の「連動」(内モンゴルにおけるモンゴル人の虐殺、モンゴル人民共和国との対立;文化大革命と日本との連動;「文化大革命式」で文化大革命を清算―四人組裁判);第5章 習近平「中国の夢」の完成(習近平の父を粛清したのは毛沢東;自由で平和だった中華民国;「中国の夢」とはすなわち「文化大革命の完成」)