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内容紹介・もくじなど
著者プロフィール
窪島 誠一郎(クボシマ セイイチロウ)
1941(昭和16)年東京生まれ。印刷工、酒場経営などを経て、1964(同39)年、東京都世田谷に小劇場運動の草分けともいえる「キッド・アイラック・アート・ホール」を設立。1979(同54)年、長野県上田市に夭折画家のデッサンを展示する「信濃デッサン館」(現・KAITA EPITAPH残照館)を創設、1997(平成9)年、同館隣接地に戦没画学生慰霊美術館「無言館」を開設。2005(同17)年、「無言館」の活動により第53回菊池寛賞、2016(同28)年、平和活動への貢献により第1回澄和フューチャリスト賞を受賞。『「無言館」ものがたり』(講談社)で第46回…() 窪島 誠一郎(クボシマ セイイチロウ)
1941(昭和16)年東京生まれ。印刷工、酒場経営などを経て、1964(同39)年、東京都世田谷に小劇場運動の草分けともいえる「キッド・アイラック・アート・ホール」を設立。1979(同54)年、長野県上田市に夭折画家のデッサンを展示する「信濃デッサン館」(現・KAITA EPITAPH残照館)を創設、1997(平成9)年、同館隣接地に戦没画学生慰霊美術館「無言館」を開設。2005(同17)年、「無言館」の活動により第53回菊池寛賞、2016(同28)年、平和活動への貢献により第1回澄和フューチャリスト賞を受賞。『「無言館」ものがたり』(講談社)で第46回産経児童出版文化賞、『鼎と槐多』(信濃毎日新聞社)で第14回地方出版文化功労賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
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「せめて、のこっている絵の具をぜんぶ使い切って征きたい」戦没画学生、その48作品の物語。
もくじ情報:静寂と清廉 椎野修「月夜の田園」;不穏な夕暮れ 片桐彰「街」;妹よ、兄よ 太田章「和子の像」;兄はただ号泣した 興梠武「編みものする婦人」;俺を探すな 清水正道「婦人像」;正真正銘の絶作 片岡…(続く)
「せめて、のこっている絵の具をぜんぶ使い切って征きたい」戦没画学生、その48作品の物語。
もくじ情報:静寂と清廉 椎野修「月夜の田園」;不穏な夕暮れ 片桐彰「街」;妹よ、兄よ 太田章「和子の像」;兄はただ号泣した 興梠武「編みものする婦人」;俺を探すな 清水正道「婦人像」;正真正銘の絶作 片岡進「自刻像」;茜色の父へ 小野春男「茄子」;無念と感謝の交錯 伊澤洋「家族」;モンパルナスの青春 吉田二三男「自画像」;遺されたハンカチ 尾田龍馬「芍薬」;ひとつの灯 大江正美「白い家」;壁に付いた絵の跡 佐久間修「裸婦」;パリに行かせて 中川勝吉「風景(道)」;天皇はんに叱られても 蜂谷清「祖母の像」;姉さんが恋人だった 飯塚孝之亟「花」;大の「母親っ子」 川崎雅「馬」;ぼくは必ず治ります 岩田良二「故郷風景(吉野川)」;「お公卿様」とよばれて 田中兵部「婦人像」;みかんは和歌山が一番 釜井清「杜鵑花・子規」;あの夏のままなのです 日高安典「裸婦」〔ほか〕