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仏教美術
出版社名:大法輪閣
出版年月:2002年2月
ISBN:978-4-8046-1180-8
191P 37cm
彩色胎蔵曼荼羅
染川英輔/著
組合員価格 税込
19,800
円
(通常価格 税込 22,000円)
割引率 10%
在庫あり
生協宅配にてお届け
※ご注文が集中した場合、お届けが遅れる場合がございます。
新作の「胎蔵曼茶羅」に描かれた412尊を原図と同じ大きさで再現。原寸大「中台八葉院」白描図を付録。
新作の「胎蔵曼茶羅」に描かれた412尊を原図と同じ大きさで再現。原寸大「中台八葉院」白描図を付録。
内容紹介・もくじなど
本書は「観蔵院曼荼羅」2幅のうちの「彩色胎蔵曼荼羅(絹本着色)」十二院に描かれた全尊図とその制作記録である。
もくじ情報:彩色 胎蔵曼荼羅(中台八葉院;遍知院;蓮華部院(観音院);金剛手院;持明院;釈迦院 ほか);胎蔵曼荼羅・制作の記(白描下図の制作;絵絹への白描から彩色完成まで)
本書は「観蔵院曼荼羅」2幅のうちの「彩色胎蔵曼荼羅(絹本着色)」十二院に描かれた全尊図とその制作記録である。
もくじ情報:彩色 胎蔵曼荼羅(中台八葉院;遍知院;蓮華部院(観音院);金剛手院;持明院;釈迦院 ほか);胎蔵曼荼羅・制作の記(白描下図の制作;絵絹への白描から彩色完成まで)
著者プロフィール
染川 英輔(ソメカワ エイスケ)
1942年生。鹿児島県出身。1965年、東京芸術大学日本画科を卒業、作品買上げとなる。1967年、同大大学院修了と同時に、法隆寺金堂壁画復元模写に助手として参加(吉岡班)。翌年、同堂小壁画を模写。以後、日本画家として個展などで作品を発表するかたわら、東西の古典芸術・宗教・思想を研究、特に仏教美術の研究を深める。1984年より慈雲山曼荼羅寺観蔵院の両部曼荼羅の制作に着手、3年後に白描画を完成させた。その下図全尊に解説を付した『曼荼羅図典』(大法輪閣)が1993年に刊行され、大きな反響を呼んだ。また1987年より彩色金剛界曼荼羅の制作に着手、8年の経過を経て、19…(
続く
)
染川 英輔(ソメカワ エイスケ)
1942年生。鹿児島県出身。1965年、東京芸術大学日本画科を卒業、作品買上げとなる。1967年、同大大学院修了と同時に、法隆寺金堂壁画復元模写に助手として参加(吉岡班)。翌年、同堂小壁画を模写。以後、日本画家として個展などで作品を発表するかたわら、東西の古典芸術・宗教・思想を研究、特に仏教美術の研究を深める。1984年より慈雲山曼荼羅寺観蔵院の両部曼荼羅の制作に着手、3年後に白描画を完成させた。その下図全尊に解説を付した『曼荼羅図典』(大法輪閣)が1993年に刊行され、大きな反響を呼んだ。また1987年より彩色金剛界曼荼羅の制作に着手、8年の経過を経て、1995年に完成。翌1996年『彩色金剛界曼荼羅』(大法輪閣)を刊行。1996年より彩色胎蔵曼荼羅の制作に着手、2001年11月に完成。現在制作と同時に、観蔵院仏画教室、読売文化センター仏画教室などで仏画の指導にあたり、さらに大正大学オープンカレッジの講師にも招かれている。代表作に「妙見曼荼羅」(田無山総持寺)などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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染川英輔/著
もくじ情報:彩色 胎蔵曼荼羅(中台八葉院;遍知院;蓮華部院(観音院);金剛手院;持明院;釈迦院 ほか);胎蔵曼荼羅・制作の記(白描下図の制作;絵絹への白描から彩色完成まで)
もくじ情報:彩色 胎蔵曼荼羅(中台八葉院;遍知院;蓮華部院(観音院);金剛手院;持明院;釈迦院 ほか);胎蔵曼荼羅・制作の記(白描下図の制作;絵絹への白描から彩色完成まで)
1942年生。鹿児島県出身。1965年、東京芸術大学日本画科を卒業、作品買上げとなる。1967年、同大大学院修了と同時に、法隆寺金堂壁画復元模写に助手として参加(吉岡班)。翌年、同堂小壁画を模写。以後、日本画家として個展などで作品を発表するかたわら、東西の古典芸術・宗教・思想を研究、特に仏教美術の研究を深める。1984年より慈雲山曼荼羅寺観蔵院の両部曼荼羅の制作に着手、3年後に白描画を完成させた。その下図全尊に解説を付した『曼荼羅図典』(大法輪閣)が1993年に刊行され、大きな反響を呼んだ。また1987年より彩色金剛界曼荼羅の制作に着手、8年の経過を経て、19…(続く)
1942年生。鹿児島県出身。1965年、東京芸術大学日本画科を卒業、作品買上げとなる。1967年、同大大学院修了と同時に、法隆寺金堂壁画復元模写に助手として参加(吉岡班)。翌年、同堂小壁画を模写。以後、日本画家として個展などで作品を発表するかたわら、東西の古典芸術・宗教・思想を研究、特に仏教美術の研究を深める。1984年より慈雲山曼荼羅寺観蔵院の両部曼荼羅の制作に着手、3年後に白描画を完成させた。その下図全尊に解説を付した『曼荼羅図典』(大法輪閣)が1993年に刊行され、大きな反響を呼んだ。また1987年より彩色金剛界曼荼羅の制作に着手、8年の経過を経て、1995年に完成。翌1996年『彩色金剛界曼荼羅』(大法輪閣)を刊行。1996年より彩色胎蔵曼荼羅の制作に着手、2001年11月に完成。現在制作と同時に、観蔵院仏画教室、読売文化センター仏画教室などで仏画の指導にあたり、さらに大正大学オープンカレッジの講師にも招かれている。代表作に「妙見曼荼羅」(田無山総持寺)などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)