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出版社名:KADOKAWA
出版年月:2026年6月
ISBN:978-4-04-082474-1
372P 18cm
軍師の日本史/角川新書 K-513
呉座勇一/〔著〕
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内容紹介・もくじなど
内容紹介:軍師はいなかった!実際の黒田官兵衛は現地指揮官、本多正信は行政官僚、山本勘助は侍大将クラス。現在の人物像はいつ生まれたのか?最新研究の実像に加え、虚像の変遷から日本人の理想像の特徴まで暴く画期的論考!私たちの軍師像の源は1970年代の大衆歴史ブームにある。山本勘助、黒田官兵衛、太原崇孚、本多正信等。彼らは名軍師とされている。だが、戦国時代に軍師は存在しなかった。そのイメージの嚆矢は江戸時代の諸葛孔明ブームであり、現在の人物像はわずか数十年前にできたものである。彼らの虚像と実像から、時代ごとの価値観まで浮き彫りにする。■武士たちが陣形を作ったかは疑わしい■『甲陽軍鑑』のなかに山本勘助の…(続く
内容紹介:軍師はいなかった!実際の黒田官兵衛は現地指揮官、本多正信は行政官僚、山本勘助は侍大将クラス。現在の人物像はいつ生まれたのか?最新研究の実像に加え、虚像の変遷から日本人の理想像の特徴まで暴く画期的論考!私たちの軍師像の源は1970年代の大衆歴史ブームにある。山本勘助、黒田官兵衛、太原崇孚、本多正信等。彼らは名軍師とされている。だが、戦国時代に軍師は存在しなかった。そのイメージの嚆矢は江戸時代の諸葛孔明ブームであり、現在の人物像はわずか数十年前にできたものである。彼らの虚像と実像から、時代ごとの価値観まで浮き彫りにする。■武士たちが陣形を作ったかは疑わしい■『甲陽軍鑑』のなかに山本勘助の実像はない■越後流軍学は謙信の軍学ではない■竹中半兵衛が軍略面で秀吉に貢献した形跡はない■黒田孝高は蜂須賀正勝より格下だった■京都との人脈・情報網が太原崇孚の権勢の背景■本多正信は小牧・長久手の戦いでも外交担当■ベストセラー本と大藩の威光が官兵衛を「軍師」にした■戊辰戦争で参謀が生まれた■黙って責任だけ負うべきという「日本型将帥」の陥穽■市販され、小説家の種本になった参謀本部『日本戦史』■経営学ブームがマネジメントと参謀を結び付けた■封建制社会が軍師の誕生を阻んだ【目次】まえがき序章 軍師とは何か第一部 軍師の虚像と実像第一章 山本勘助の虚像と実像第二章 宇佐美定満の虚像と実像第三章 黒田官兵衛の虚像と実像第四章 徳川家康と軍師第五章 軍師と参謀第二部 戦後大衆文化の中の軍師第一章 山本勘助と宇佐美定行第二章 竹中半兵衛と黒田官兵衛第三章 太原雪斎と本多正信終章 私たちはなぜ軍師に魅せられるのかあとがき主要参考文献
山本勘助、黒田官兵衛、本多正信らは、主君を智略で支えた名軍師として知られている。だが、戦国時代に軍師はそもそも存在していない。彼らは現地指揮官や行政官僚でしかなかったのだ。ではなぜ、江戸時代以降にその活躍は語られ、人気を博したのか。また、現在の人物像はいつ生まれたのか。最新研究に基づく実像だけでなく、彼らのイメージの変遷から日本人の理想像の変化と特徴までを明らかにする!
もくじ情報:軍師とは何か;第一部 軍師の虚像と実像(山本勘助の虚像と実像;宇佐美定満の虚像と実像;黒田官兵衛の虚像と実像;徳川家康と軍師;軍師と参謀);第二部 戦後大衆文化の中の軍師(山本勘助と宇佐美定行;竹中半兵衛と黒田官兵衛;太原雪斎と本多正信);私たちはなぜ軍師に魅せられるのか
著者プロフィール
呉座 勇一(ゴザ ユウイチ)
1980年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。同大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。専攻は日本中世史。現在、国際日本文化研究センター准教授。2014年、『戦争の日本中世史』(新潮選書)で第12回角川財団学芸賞受賞。『応仁の乱』(中公新書)は49万部突破のベストセラーとなった。『陰謀の日本中世史』(角川新書)で新書大賞2019第3位受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
呉座 勇一(ゴザ ユウイチ)
1980年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。同大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。専攻は日本中世史。現在、国際日本文化研究センター准教授。2014年、『戦争の日本中世史』(新潮選書)で第12回角川財団学芸賞受賞。『応仁の乱』(中公新書)は49万部突破のベストセラーとなった。『陰謀の日本中世史』(角川新書)で新書大賞2019第3位受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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