ようこそ!
マイページ
ご利用ガイド
組合員情報の変更
メールアドレスの変更
ログイン
サイトトップ
e
フレンズトップ
すべて
本
雑誌
CD
DVD・Blu-ray
クリア
本 こだわり検索
書名
著者名
商品説明
出版社名
出版年月
―
2027
2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986
1985
1984
1983
1982
年
―
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
月
以前
のみ
以降
ジャンル
選択してください
文庫
新書・選書
文芸
教養
人文
教育
芸術
児童
趣味
生活
地図・ガイド
就職・資格
語学
小学学参
中学学参
高校学参
辞典
コミック
ゲーム攻略本
エンターテイメント
日記手帳
社会
法律
経済
経営
ビジネス
理学
工学
コンピュータ
医学
看護学
薬学
ISBNコード
予約商品を表示しない
検索
クリア
本 >
文庫
>
日本文学
>
新潮文庫
出版社名:新潮社
出版年月:2001年9月
ISBN:978-4-10-111410-1
650P 16cm
聖母の鏡/新潮文庫
原田康子/著
組合員価格 税込
881
円
(通常価格 税込 979円)
割引率 10%
在庫あり
生協宅配にてお届け
※ご注文が集中した場合、お届けが遅れる場合がございます。
内容紹介・もくじなど
乾いた南国での客死。ただそのためにだけ、やって来たスペインだった。彼と出逢い、あの鏡のような泉を目にするまでは…。海霧にけぶる釧路湿原と、償いきれぬ過去とを胸底に棲みつかせた女、顕子。妻に去られ、ひとり帰郷したアンダルシアで、オリーブ畑を守り続ける元・国際便トラック運転手、ミゲル。人生のたそがれ時の、微妙に揺れ輝く光のただ中に立つ男と女、その愛のかたち。
乾いた南国での客死。ただそのためにだけ、やって来たスペインだった。彼と出逢い、あの鏡のような泉を目にするまでは…。海霧にけぶる釧路湿原と、償いきれぬ過去とを胸底に棲みつかせた女、顕子。妻に去られ、ひとり帰郷したアンダルシアで、オリーブ畑を守り続ける元・国際便トラック運転手、ミゲル。人生のたそがれ時の、微妙に揺れ輝く光のただ中に立つ男と女、その愛のかたち。
著者プロフィール
原田 康子(ハラダ ヤスコ)
1928(昭和3)年東京生れ。生後1年で父親の赴任地である釧路に移住する。釧路市立高女を卒業し、’45年、東北海道新聞の記者となる。’51年に同僚と結婚。’55年「北海文学」で連載していた『挽歌』が「群像」編集長の目にとまり、翌年に出版されて七十万部のベストセラーとなる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
原田 康子(ハラダ ヤスコ)
1928(昭和3)年東京生れ。生後1年で父親の赴任地である釧路に移住する。釧路市立高女を卒業し、’45年、東北海道新聞の記者となる。’51年に同僚と結婚。’55年「北海文学」で連載していた『挽歌』が「群像」編集長の目にとまり、翌年に出版されて七十万部のベストセラーとなる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
同じ著者名で検索した本
一瞬で好かれる人になる技術 話し方も、見た目も、特別じゃなくていい
原田康子/著
短編伝説別れる理由/集英社文庫 特4-27
集英社文庫編集部/編 赤川次郎/著 浅田次郎/著 小川洋子/著 北方謙三/著 小池真理子/著 佐々木譲/著 篠田節子/著 志水辰夫/著 高橋克彦/著 野坂昭如/著 原田康子/著 氷室冴子/著 山本周五郎/著
挽歌/新潮文庫 は-3-1
原田康子/著
相国寺蔵西笑和尚文案 自慶長二年至慶長十二年
〔西笑承兌/著〕 伊藤真昭/共編 上田純一/共編 原田正俊/共編 秋宗康子/共編
風の砦 4/大活字本シリーズ
原田康子/著
風の砦 2/大活字本シリーズ
原田康子/著
風の砦 1/大活字本シリーズ
原田康子/著
風の砦 3/大活字本シリーズ
原田康子/著
現代人のためのライフサイエンス
原田康子/著
1928(昭和3)年東京生れ。生後1年で父親の赴任地である釧路に移住する。釧路市立高女を卒業し、’45年、東北海道新聞の記者となる。’51年に同僚と結婚。’55年「北海文学」で連載していた『挽歌』が「群像」編集長の目にとまり、翌年に出版されて七十万部のベストセラーとなる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1928(昭和3)年東京生れ。生後1年で父親の赴任地である釧路に移住する。釧路市立高女を卒業し、’45年、東北海道新聞の記者となる。’51年に同僚と結婚。’55年「北海文学」で連載していた『挽歌』が「群像」編集長の目にとまり、翌年に出版されて七十万部のベストセラーとなる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)