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出版社名:現代企画室
出版年月:2003年10月
ISBN:978-4-7738-0308-2
855P 22cm
空の瞳
蜷川泰司/著
組合員価格 税込
6,435
円
(通常価格 税込 7,150円)
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内容紹介・もくじなど
地上と空中の二重都市で繰り広げられる痛切な物語を、豊饒に描き切った2500枚。
地上と空中の二重都市で繰り広げられる痛切な物語を、豊饒に描き切った2500枚。
著者プロフィール
蜷川 泰司(ニナガワ ヤスシ)
1954年京都に生まれる。1973年京都大学文学部に入学。学部ではフランス文学、大学院では哲学を専攻。入学と同時に劇団を結成。76年末の解散まで作・演出とともに自ら舞台に立つ。大学院時代の80年には京都大学新聞の編集に携わる。1984年東京に移り、現代企画室で編集・営業にあたる。1987年日本語・留学生教育に転じ、「空の瞳」に向けての執筆をはじめる。1988年オランダに移り、ライデン大学日本学センターで教育・研究を続ける。1992年日本に戻り、その後98年まで、執筆のかたわら、京都大学や大阪外国語大学の留学生センターで教育・研究を続ける(本データはこの書籍が刊行…(
続く
)
蜷川 泰司(ニナガワ ヤスシ)
1954年京都に生まれる。1973年京都大学文学部に入学。学部ではフランス文学、大学院では哲学を専攻。入学と同時に劇団を結成。76年末の解散まで作・演出とともに自ら舞台に立つ。大学院時代の80年には京都大学新聞の編集に携わる。1984年東京に移り、現代企画室で編集・営業にあたる。1987年日本語・留学生教育に転じ、「空の瞳」に向けての執筆をはじめる。1988年オランダに移り、ライデン大学日本学センターで教育・研究を続ける。1992年日本に戻り、その後98年まで、執筆のかたわら、京都大学や大阪外国語大学の留学生センターで教育・研究を続ける(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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1954年京都に生まれる。1973年京都大学文学部に入学。学部ではフランス文学、大学院では哲学を専攻。入学と同時に劇団を結成。76年末の解散まで作・演出とともに自ら舞台に立つ。大学院時代の80年には京都大学新聞の編集に携わる。1984年東京に移り、現代企画室で編集・営業にあたる。1987年日本語・留学生教育に転じ、「空の瞳」に向けての執筆をはじめる。1988年オランダに移り、ライデン大学日本学センターで教育・研究を続ける。1992年日本に戻り、その後98年まで、執筆のかたわら、京都大学や大阪外国語大学の留学生センターで教育・研究を続ける(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)