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出版社名:新日本出版社
出版年月:2014年4月
ISBN:978-4-406-05787-5
269P 20cm
沖縄の心 瀬長亀次郎回想録 新装版
瀬長亀次郎/著
組合員価格 税込
1,782
円
(通常価格 税込 1,980円)
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基地撤去、祖国復帰、主権回復の県民の願いを体現し、弾圧に抗して闘い抜いた男の半生。「オール沖縄」の心をつむぐ、想いがここに。
基地撤去、祖国復帰、主権回復の県民の願いを体現し、弾圧に抗して闘い抜いた男の半生。「オール沖縄」の心をつむぐ、想いがここに。
内容紹介・もくじなど
もくじ情報:第1章 沖縄県民の心を国政に;第2章 暗黒、反動、戦火に生きて;第3章 たたかいの始まり;第4章 軍事監獄的支配に抗して;第5章 祖国への道;第6章 日本共産党と国政革新
もくじ情報:第1章 沖縄県民の心を国政に;第2章 暗黒、反動、戦火に生きて;第3章 たたかいの始まり;第4章 軍事監獄的支配に抗して;第5章 祖国への道;第6章 日本共産党と国政革新
著者プロフィール
瀬長 亀次郎(セナガ カメジロウ)
1907年沖縄県豊見城村生まれ。戦後、沖縄人民党結成に参加し、書記長、委員長を歴任。1954年米軍による沖縄人民党弾圧事件で懲役2年の刑で投獄される。1956年那覇市長選挙に当選するが翌年の米軍布令により追放。1970年の国政参加選挙で衆議院議員に当選する(以後1986年衆院選まで7期連続当選)。1973年日本共産党中央委員会幹部会副委員長。1990年名誉幹部会委員。米軍基地撤去、祖国復帰、主権回復という沖縄県民の願いを胸に闘い続け、「反米抵抗のシンボル」と称される。2001年10月5日死去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
瀬長 亀次郎(セナガ カメジロウ)
1907年沖縄県豊見城村生まれ。戦後、沖縄人民党結成に参加し、書記長、委員長を歴任。1954年米軍による沖縄人民党弾圧事件で懲役2年の刑で投獄される。1956年那覇市長選挙に当選するが翌年の米軍布令により追放。1970年の国政参加選挙で衆議院議員に当選する(以後1986年衆院選まで7期連続当選)。1973年日本共産党中央委員会幹部会副委員長。1990年名誉幹部会委員。米軍基地撤去、祖国復帰、主権回復という沖縄県民の願いを胸に闘い続け、「反米抵抗のシンボル」と称される。2001年10月5日死去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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1907年沖縄県豊見城村生まれ。戦後、沖縄人民党結成に参加し、書記長、委員長を歴任。1954年米軍による沖縄人民党弾圧事件で懲役2年の刑で投獄される。1956年那覇市長選挙に当選するが翌年の米軍布令により追放。1970年の国政参加選挙で衆議院議員に当選する(以後1986年衆院選まで7期連続当選)。1973年日本共産党中央委員会幹部会副委員長。1990年名誉幹部会委員。米軍基地撤去、祖国復帰、主権回復という沖縄県民の願いを胸に闘い続け、「反米抵抗のシンボル」と称される。2001年10月5日死去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1907年沖縄県豊見城村生まれ。戦後、沖縄人民党結成に参加し、書記長、委員長を歴任。1954年米軍による沖縄人民党弾圧事件で懲役2年の刑で投獄される。1956年那覇市長選挙に当選するが翌年の米軍布令により追放。1970年の国政参加選挙で衆議院議員に当選する(以後1986年衆院選まで7期連続当選)。1973年日本共産党中央委員会幹部会副委員長。1990年名誉幹部会委員。米軍基地撤去、祖国復帰、主権回復という沖縄県民の願いを胸に闘い続け、「反米抵抗のシンボル」と称される。2001年10月5日死去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)