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ちくま新書
出版社名:筑摩書房
出版年月:2026年7月
ISBN:978-4-480-07757-8
190P 18cm
思考をみがく禅入門/ちくま新書 1926
山田史生/著
組合員価格 税込
891
円
(通常価格 税込 990円)
割引率 10%
在庫あり
生協宅配にてお届け
※お盆前後は商品のお届けが通常より遅れる場合がございます。
内容紹介・もくじなど
内容紹介:地に足のついた禅僧同士の、ガチなことばのバトルが禅問答だ。「よく生きる」「人間の道理」……心を言語化する禅的思考の本質を味わい、わからなさを楽しむ。
禅問答は、ことばを使っておこなう、地に足のついた禅僧同士の、ガチな対話の記録である。唐代の名僧・趙州は、ことばで相手の基盤を揺さぶる達人で、師である南泉との問答には、「道」「平常心」「我欲」「自力」といった禅的思考の本質が凝縮されている。決してわかりやすいものではないそれは、禅のスタート地点にあるもので、つまずきながら読み込む先に、おもしろさという値打ちがある。この世で自力で生きていくためのヒントに満ちた11の問答を味わう一冊。
もくじ…(
続く
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内容紹介:地に足のついた禅僧同士の、ガチなことばのバトルが禅問答だ。「よく生きる」「人間の道理」……心を言語化する禅的思考の本質を味わい、わからなさを楽しむ。
禅問答は、ことばを使っておこなう、地に足のついた禅僧同士の、ガチな対話の記録である。唐代の名僧・趙州は、ことばで相手の基盤を揺さぶる達人で、師である南泉との問答には、「道」「平常心」「我欲」「自力」といった禅的思考の本質が凝縮されている。決してわかりやすいものではないそれは、禅のスタート地点にあるもので、つまずきながら読み込む先に、おもしろさという値打ちがある。この世で自力で生きていくためのヒントに満ちた11の問答を味わう一冊。
もくじ情報:第1の問答 平常心がそれだ―なにも隠されていない;第2の問答 言語化なくして明暗なし;第3の問答 なにが有ることを知っているのか;第4の問答 火事だ!火事だ!;第5の問答 助けて!助けて!;第6の問答 命がけの一言をよこせ―しからずんば諦めよ;第7の問答 くやしい!くやしい!;第8の問答 手綱はもってきたか―それでも自己は捨てきれない;第9の問答 理屈にかかずらうな―けれども言語化はサボれない;第10の問答 なんてこったい!;第11の問答 ことばは生きている―仏をもとめ、汚れを捨てよ
著者プロフィール
山田 史生(ヤマダ フミオ)
1959年、福井県生れ。東北大学文学部卒業。東北大学大学院文学研究科修了。博士(文学)。中国思想研究者・根笹派錦風流尺八奏者(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
山田 史生(ヤマダ フミオ)
1959年、福井県生れ。東北大学文学部卒業。東北大学大学院文学研究科修了。博士(文学)。中国思想研究者・根笹派錦風流尺八奏者(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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禅問答は、ことばを使っておこなう、地に足のついた禅僧同士の、ガチな対話の記録である。唐代の名僧・趙州は、ことばで相手の基盤を揺さぶる達人で、師である南泉との問答には、「道」「平常心」「我欲」「自力」といった禅的思考の本質が凝縮されている。決してわかりやすいものではないそれは、禅のスタート地点にあるもので、つまずきながら読み込む先に、おもしろさという値打ちがある。この世で自力で生きていくためのヒントに満ちた11の問答を味わう一冊。
もくじ…(続く)
禅問答は、ことばを使っておこなう、地に足のついた禅僧同士の、ガチな対話の記録である。唐代の名僧・趙州は、ことばで相手の基盤を揺さぶる達人で、師である南泉との問答には、「道」「平常心」「我欲」「自力」といった禅的思考の本質が凝縮されている。決してわかりやすいものではないそれは、禅のスタート地点にあるもので、つまずきながら読み込む先に、おもしろさという値打ちがある。この世で自力で生きていくためのヒントに満ちた11の問答を味わう一冊。
もくじ情報:第1の問答 平常心がそれだ―なにも隠されていない;第2の問答 言語化なくして明暗なし;第3の問答 なにが有ることを知っているのか;第4の問答 火事だ!火事だ!;第5の問答 助けて!助けて!;第6の問答 命がけの一言をよこせ―しからずんば諦めよ;第7の問答 くやしい!くやしい!;第8の問答 手綱はもってきたか―それでも自己は捨てきれない;第9の問答 理屈にかかずらうな―けれども言語化はサボれない;第10の問答 なんてこったい!;第11の問答 ことばは生きている―仏をもとめ、汚れを捨てよ