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出版社名:中央公論新社
出版年月:2004年9月
ISBN:978-4-12-160070-7
347P 18cm
意志と表象としての世界 2/中公クラシックス W37
ショーペンハウアー/〔著〕 西尾幹二/訳
組合員価格 税込 1,725
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豊富な触覚で多面的な世界に触れながら、自らは傍観者の位置に徹底して立ち続けたその持続力の所産。
豊富な触覚で多面的な世界に触れながら、自らは傍観者の位置に徹底して立ち続けたその持続力の所産。
内容紹介・もくじなど
もくじ情報:第3巻 表象としての世界の第二考察―根拠の原理に依存しない表象、すなわちプラトンのイデア、芸術の客観(意志の客体性の各段階がプラトンのイデアに当たる。個別の事物はイデアの模像であり、無数に存在し、たえず生滅しているが、イデアはいかなる数多性も、いかなる変化も知らない。;カントとプラトンの教えの内的意味と目標とは完全に一致している。;プラトンのイデアは表象の形式下にあるという一点においてカントの物自体と相違する。 ほか);第4巻 意志としての世界の第二考察―自己認識に達したときの生きんとする意志の肯定ならびに否定(哲学とは行為を指図したり義務を命じたりするものではないし、歴史を語って…(続く
もくじ情報:第3巻 表象としての世界の第二考察―根拠の原理に依存しない表象、すなわちプラトンのイデア、芸術の客観(意志の客体性の各段階がプラトンのイデアに当たる。個別の事物はイデアの模像であり、無数に存在し、たえず生滅しているが、イデアはいかなる数多性も、いかなる変化も知らない。;カントとプラトンの教えの内的意味と目標とは完全に一致している。;プラトンのイデアは表象の形式下にあるという一点においてカントの物自体と相違する。 ほか);第4巻 意志としての世界の第二考察―自己認識に達したときの生きんとする意志の肯定ならびに否定(哲学とは行為を指図したり義務を命じたりするものではないし、歴史を語ってそれを哲学であると考えるべきでもない。;死と生殖はともに生きんとする意志に属し、個体は滅びても全自然の意志は不滅である。現在のみが生きることの形式であり、過去や未来は概念であり、幻影にすぎない。死の恐怖は錯覚である。;人間の個々の行為、すなわち経験的性格に自由はなく、経験的性格は自由なる意志、すなわち叡知的性格によって決定づけられている。 ほか)
著者プロフィール
ショーペンハウアー(ショーペンハウアー)
1788‐1860。19世紀ドイツの厭世思想家。ハンザ同盟の自由都市ダンツィヒ(現、グダニスク)に生まれる。父は富裕な商人、母は女流作家。父に伴われて幼少期からヨーロッパ諸国を旅行する。父の死後、遺志に従って商人の見習いをはじめたが、学問への情熱を断ち切れず大学に進む。1918年に主著『意思と表象としての世界』を完成、ベルリン大学講師の地位を得たが、ヘーゲル人気に抗することができず辞職。生を苦痛とみるそのペシミズムは日本でも大正期以来、熱心に読みつがれてきた
ショーペンハウアー(ショーペンハウアー)
1788‐1860。19世紀ドイツの厭世思想家。ハンザ同盟の自由都市ダンツィヒ(現、グダニスク)に生まれる。父は富裕な商人、母は女流作家。父に伴われて幼少期からヨーロッパ諸国を旅行する。父の死後、遺志に従って商人の見習いをはじめたが、学問への情熱を断ち切れず大学に進む。1918年に主著『意思と表象としての世界』を完成、ベルリン大学講師の地位を得たが、ヘーゲル人気に抗することができず辞職。生を苦痛とみるそのペシミズムは日本でも大正期以来、熱心に読みつがれてきた

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