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出版社名:法政大学出版局
出版年月:2014年12月
ISBN:978-4-588-09999-1
20cm
ヨーロッパの日記 叢書・ウニベルシタス 新装版 2巻セット
グスタフ・ルネ・ホッケ/ほか〔著〕
組合員価格 税込
12,540
円
(通常価格 税込 13,200円)
割引率 5%
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ルネサンスから現代にいたる厖大な日記を存在論的人間学に準拠して分類・収集し、基本モチーフを考察。ヨーロッパ人の本質に迫る。
ルネサンスから現代にいたる厖大な日記を存在論的人間学に準拠して分類・収集し、基本モチーフを考察。ヨーロッパ人の本質に迫る。
内容紹介・もくじなど
もくじ情報:第1部 ヨーロッパの日記の基本モチーフ―比較文学史のために(構造と動機;自己観察と世界観察;自己の発揚と解体;愛、性愛、性欲;隣人にたいする不安と外界批判;証言記録と時代批判;日記の“神話的意味”);第2部 ヨーロッパ日記選(ルネサンスから古典的絶対主義の終りまで;フランス革命から世紀末デカダンスまで;古いヨーロッパの終焉から現代まで)
もくじ情報:第1部 ヨーロッパの日記の基本モチーフ―比較文学史のために(構造と動機;自己観察と世界観察;自己の発揚と解体;愛、性愛、性欲;隣人にたいする不安と外界批判;証言記録と時代批判;日記の“神話的意味”);第2部 ヨーロッパ日記選(ルネサンスから古典的絶対主義の終りまで;フランス革命から世紀末デカダンスまで;古いヨーロッパの終焉から現代まで)
著者プロフィール
ホッケ,グスタフ・ルネ(ホッケ,グスタフルネ)
1908年ブリュッセルでドイツ系の父とフランス系の母のもとに生れる。ベルリン大学在籍中にE.R.クルツィウスの著作に触発されてボン大学に移る。長期のパリ留学を経て1934年に師の審査のもとで哲学博士の学位を得る。同年ケルン新聞に入社。最初のイタリア旅行後イタリアと大ギリシア文化の研究に没頭する。1940年ケルン新聞ローマ特派員。戦争による中断後1949年戦後初のドイツ通信員としてローマを再訪し精力的なジャーナリズム活動を続ける傍ら包括的なマニエリスム研究に従事。1985年7月14日死去
ホッケ,グスタフ・ルネ(ホッケ,グスタフルネ)
1908年ブリュッセルでドイツ系の父とフランス系の母のもとに生れる。ベルリン大学在籍中にE.R.クルツィウスの著作に触発されてボン大学に移る。長期のパリ留学を経て1934年に師の審査のもとで哲学博士の学位を得る。同年ケルン新聞に入社。最初のイタリア旅行後イタリアと大ギリシア文化の研究に没頭する。1940年ケルン新聞ローマ特派員。戦争による中断後1949年戦後初のドイツ通信員としてローマを再訪し精力的なジャーナリズム活動を続ける傍ら包括的なマニエリスム研究に従事。1985年7月14日死去
1908年ブリュッセルでドイツ系の父とフランス系の母のもとに生れる。ベルリン大学在籍中にE.R.クルツィウスの著作に触発されてボン大学に移る。長期のパリ留学を経て1934年に師の審査のもとで哲学博士の学位を得る。同年ケルン新聞に入社。最初のイタリア旅行後イタリアと大ギリシア文化の研究に没頭する。1940年ケルン新聞ローマ特派員。戦争による中断後1949年戦後初のドイツ通信員としてローマを再訪し精力的なジャーナリズム活動を続ける傍ら包括的なマニエリスム研究に従事。1985年7月14日死去
1908年ブリュッセルでドイツ系の父とフランス系の母のもとに生れる。ベルリン大学在籍中にE.R.クルツィウスの著作に触発されてボン大学に移る。長期のパリ留学を経て1934年に師の審査のもとで哲学博士の学位を得る。同年ケルン新聞に入社。最初のイタリア旅行後イタリアと大ギリシア文化の研究に没頭する。1940年ケルン新聞ローマ特派員。戦争による中断後1949年戦後初のドイツ通信員としてローマを再訪し精力的なジャーナリズム活動を続ける傍ら包括的なマニエリスム研究に従事。1985年7月14日死去