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人物評伝
出版社名:ミネルヴァ書房
出版年月:2016年3月
ISBN:978-4-623-07541-6
362,8P 22cm
斎藤茂吉 悩める精神病医の眼差し/人と文化の探究 12
小泉博明/著
組合員価格 税込
5,940
円
(通常価格 税込 6,600円)
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内容紹介・もくじなど
病者と共に生きるとはどういうことか。歌人として高名な斎藤茂吉は、精神病医でもあった。精神病者への差別・排除が常態化していた時代にあって、病者の自殺、逃亡、暴力に日々直面した。精神病医として懊悩しつつも全力を尽くし、病者へのあたたかな眼差しを送り続けた茂吉の全体像を、短歌、随筆、日記、書簡などを手掛かりに描き出す。
もくじ情報:病者への眼差し;東京帝国大学医科大学時代;巣鴨病院時代;長崎医学専門学校教授時代;ウィーン大学神経学研究所への留学―欧州留学時代(1);ドイツ精神病学研究所での生活―欧州留学時代(2);青山脳病院の再建;青山脳病院院長就任と紀一の死―昭和二年から昭和三年まで;青山脳病院院…(
続く
)
病者と共に生きるとはどういうことか。歌人として高名な斎藤茂吉は、精神病医でもあった。精神病者への差別・排除が常態化していた時代にあって、病者の自殺、逃亡、暴力に日々直面した。精神病医として懊悩しつつも全力を尽くし、病者へのあたたかな眼差しを送り続けた茂吉の全体像を、短歌、随筆、日記、書簡などを手掛かりに描き出す。
もくじ情報:病者への眼差し;東京帝国大学医科大学時代;巣鴨病院時代;長崎医学専門学校教授時代;ウィーン大学神経学研究所への留学―欧州留学時代(1);ドイツ精神病学研究所での生活―欧州留学時代(2);青山脳病院の再建;青山脳病院院長就任と紀一の死―昭和二年から昭和三年まで;青山脳病院院長としての仕事と病院の現状―昭和三年から昭和八年まで;青山脳病院院長の診察風景―昭和九年から昭和十九年まで;戦時下の青山脳病院院長時代―昭和二十年の青山脳病院;病気観;女性観―永井ふさ子との恋愛事件;作品に見る病者への眼差し;老いの諸相;病者に寄り添う
著者プロフィール
小泉 博明(コイズミ ヒロアキ)
1954年東京都生まれ。1977年早稲田大学第一文学部東洋哲学科卒業。2012年日本大学大学院総合社会情報研究科博士課程修了。早稲田大学教育学部非常勤講師、東京大学教養学部非常勤講師などを経て、文京学院大学外国語学部教授。博士(総合社会文化)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
小泉 博明(コイズミ ヒロアキ)
1954年東京都生まれ。1977年早稲田大学第一文学部東洋哲学科卒業。2012年日本大学大学院総合社会情報研究科博士課程修了。早稲田大学教育学部非常勤講師、東京大学教養学部非常勤講師などを経て、文京学院大学外国語学部教授。博士(総合社会文化)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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もくじ情報:病者への眼差し;東京帝国大学医科大学時代;巣鴨病院時代;長崎医学専門学校教授時代;ウィーン大学神経学研究所への留学―欧州留学時代(1);ドイツ精神病学研究所での生活―欧州留学時代(2);青山脳病院の再建;青山脳病院院長就任と紀一の死―昭和二年から昭和三年まで;青山脳病院院長としての仕事と病院の現状―昭和三年から昭和八年まで;青山脳病院院長の診察風景―昭和九年から昭和十九年まで;戦時下の青山脳病院院長時代―昭和二十年の青山脳病院;病気観;女性観―永井ふさ子との恋愛事件;作品に見る病者への眼差し;老いの諸相;病者に寄り添う