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内容紹介・もくじなど
著者プロフィール
鷲田 清一(ワシダ キヨカズ)
1949年生まれ。京都大学文学部哲学科卒業。同大学院文学研究科哲学専攻博士課程修了。関西大学、大阪大学で教授を務める。前大阪大学総長。現在、大谷大学教授。専攻は哲学・倫理学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 鷲田 清一(ワシダ キヨカズ)
1949年生まれ。京都大学文学部哲学科卒業。同大学院文学研究科哲学専攻博士課程修了。関西大学、大阪大学で教授を務める。前大阪大学総長。現在、大谷大学教授。専攻は哲学・倫理学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
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もくじ情報:第1章 前のめりの生活(“線”としての人生;前のめりの時間意識;ビジネスという感覚);第2章 インダストリアスな人間(“インダストリー”というエートス;“生産”という鏡;労働の倫理から欲望の戦略へ);第3章 深い遊び(仕事の貧しさ、遊びの貧しさ;ディープ・プレイ;…(続く)
もくじ情報:第1章 前のめりの生活(“線”としての人生;前のめりの時間意識;ビジネスという感覚);第2章 インダストリアスな人間(“インダストリー”というエートス;“生産”という鏡;労働の倫理から欲望の戦略へ);第3章 深い遊び(仕事の貧しさ、遊びの貧しさ;ディープ・プレイ;テレオロジーから離れる);第4章 “労働”vs“余暇”のかなたへ(“家事”という仕事;“ヴォランティア”というモデル;ホモ・ヴィアトール―あるいは、途上にあるという感覚);補章 いまひとたび、働くことの意味について