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内容紹介・もくじなど
著者プロフィール
ラインシュ,ポール・サミュエル(ラインシュ,ポールサミュエル)
1869‐1923。米国の政治学者・外交官。米国ウィスコンシン州生まれ。ウィスコンシン大学卒業後、同大学で植民学を講義。1913年在中華民国初代公使として赴任。1919年帰国。1920年中国政府の顧問となり、『日米戦争の起点をつくった外交官』出版の翌年中国で死去 ラインシュ,ポール・サミュエル(ラインシュ,ポールサミュエル)
1869‐1923。米国の政治学者・外交官。米国ウィスコンシン州生まれ。ウィスコンシン大学卒業後、同大学で植民学を講義。1913年在中華民国初代公使として赴任。1919年帰国。1920年中国政府の顧問となり、『日米戦争の起点をつくった外交官』出版の翌年中国で死去 |
在中華民国初代公使ラインシュは北京での6年間(1913‐1919)に何を見たのか?対華二十一か条の要求、袁世凱の台頭と失脚、対ドイツ参戦問題、孫文と広東政府との対立、五四運動…。めまぐるしく展開する政治情勢の中、北京寄りの立場で動き、日本の中国政策を厳しく批判したラインシュの回想録An American Diplomat in China(1922)の本邦初訳。
もくじ情報:第1部 古い中国と新しい共和国(中国の独裁者・大総統;人間の多い国、中国 ほか);第2部 袁世凱の退場(戦争 山東省の日本;有名な二十一か条の要求 一九一五年 ほか);第3部 戦争と中国(北京のアメリカ人起業家;「門戸開放」を守るために ほか);第4部 戦争の最後の年、そしてその後(石井・ランシング協定;困難の中で北京は喜ぶ ほか)