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内容紹介・もくじなど
著者プロフィール
谷川 俊太郎(タニカワ シュンタロウ)
1931年東京生まれ。1952年第一詩集『二十億光年の孤独』を刊行。以来8000を超える詩を創作、海外でも高い評価を受ける。数多くの詩集、エッセイ、絵本、童話、翻訳があり、脚本、作詞、写真、ビデオも手がける。1983年『日々の地図』で読売文学賞、1993年『世間知ラズ』で萩原朔太郎賞、2010年『トロムソコラージュ』で鮎川信夫賞、2016年『詩に就いて』で三好達治賞など。2024年、92歳で逝去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 谷川 俊太郎(タニカワ シュンタロウ)
1931年東京生まれ。1952年第一詩集『二十億光年の孤独』を刊行。以来8000を超える詩を創作、海外でも高い評価を受ける。数多くの詩集、エッセイ、絵本、童話、翻訳があり、脚本、作詞、写真、ビデオも手がける。1983年『日々の地図』で読売文学賞、1993年『世間知ラズ』で萩原朔太郎賞、2010年『トロムソコラージュ』で鮎川信夫賞、2016年『詩に就いて』で三好達治賞など。2024年、92歳で逝去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
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「詩」というものが存在してなかったら、僕はどうなっていたんでしょうね。『二十億光年の孤独』から72年、90歳を超えてなお新境地に挑みつづけた詩人の到達点。遺作を含む最新詩集。
もくじ情報:死んでから;内なる子ども;言葉に言…(続く)
「詩」というものが存在してなかったら、僕はどうなっていたんでしょうね。『二十億光年の孤独』から72年、90歳を超えてなお新境地に挑みつづけた詩人の到達点。遺作を含む最新詩集。
もくじ情報:死んでから;内なる子ども;言葉に言わせる;未知のふるさと;わたしの大磯;午後二時の;岩;さて;であう;(おなかのなかは);(ほんとをおしえて);(そらにかかる);(まんびきは);(えだをひろげる);(かぎりないそらから);(わらわないのは);(およいでいるようで);(わたしのなかの);(みみがさわる);(ひとつ)〔ほか〕