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内容紹介・もくじなど
著者プロフィール
安濃 豊(アンノウ ユタカ)
昭和26年12月8日(真珠湾攻撃の日)札幌生れ。北海道大学農学部農業工学科卒業。農学博士(昭和61年、北大農学部より学位授与、博士論文はSNOWDRIFT MODELING AND I T S APPLICATION TO AGRICULTURE「農業施設の防雪風洞模型実験」)。総理府(現内閣府)技官として北海道開発庁(現国土交通省)に任官。昭和60年、米国陸軍寒地理工学研究所研究員、ニューハンプシャー州立大学土木工学科研究員。マサチューセッツ工科大学ライト兄弟記念風洞研究所にて日本人混相流体学者として初の研究講演。平成元年、アイオワ州立大学(Ames)航空宇宙工…() 安濃 豊(アンノウ ユタカ)
昭和26年12月8日(真珠湾攻撃の日)札幌生れ。北海道大学農学部農業工学科卒業。農学博士(昭和61年、北大農学部より学位授与、博士論文はSNOWDRIFT MODELING AND I T S APPLICATION TO AGRICULTURE「農業施設の防雪風洞模型実験」)。総理府(現内閣府)技官として北海道開発庁(現国土交通省)に任官。昭和60年、米国陸軍寒地理工学研究所研究員、ニューハンプシャー州立大学土木工学科研究員。マサチューセッツ工科大学ライト兄弟記念風洞研究所にて日本人混相流体学者として初の研究講演。平成元年、アイオワ州立大学(Ames)航空宇宙工学科客員研究員、米国土木工学会吹雪研究委員会委員。平成6年、NPO法人宗谷海峡に橋を架ける会代表。平成12年、ラヂオノスタルジア代表取締役、評論家、雪氷学者、ラジオパーソナリティー(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
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もくじ情報:グロックの大東亜戦争史観;グロックに帝国政府声明文を提示;グロックに稲田文書を提示;グロックにビルマ独立工作検討委員会議事録を提示;日本は軍国主義の国であったという虚構;欧米植民地主義が戦争原因だった;日本側が国務長官コーデル・ハルを誑かしハルノートを発出させた;無条件降伏ではなかったし、占領軍は天皇に守られていた;満洲国を潰した…(続く)
もくじ情報:グロックの大東亜戦争史観;グロックに帝国政府声明文を提示;グロックに稲田文書を提示;グロックにビルマ独立工作検討委員会議事録を提示;日本は軍国主義の国であったという虚構;欧米植民地主義が戦争原因だった;日本側が国務長官コーデル・ハルを誑かしハルノートを発出させた;無条件降伏ではなかったし、占領軍は天皇に守られていた;満洲国を潰した結果、欧米中国利権も潰れ、〓介石は台湾へ逃亡;勝ち戦は太平洋にしかなかったゆえ戦争名称を太平洋戦争に変えた;日本軍の残虐性という虚構と植民地支配の残虐性;アジアの解放は立前であり、プロパガンダであったのか;欧米による独立承認は日本に対する敗北宣言と看做される;国連決議「民族自決と植民地主義否定」は帝国政府声明を追認;ジェミニにインパール作戦と飛び石作戦について訊いてみた;ASEANとは大東亜共栄圏の焼き直し;グロックに数理歴史学をぶつけてみた;ミッドウェーで勝利したのは日本軍;文明論の再構築―トインビーと安濃数理歴史学の比較;米軍が英軍と共にビルマに侵攻していたらアジア独立を阻止できた;東京裁判こそ歴史修正主義;グロックとジェミニとコーパイロットから読者諸兄への挨拶