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内容紹介・もくじなど
著者プロフィール
矢橋 透(ヤバセ トオル)
1957年、鎌倉市に生まれる。筑波大学第二学群比較文化学類、同大学大学院博士課程文芸・言語研究科で学ぶ。博士(文学)。岐阜大学名誉教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 矢橋 透(ヤバセ トオル)
1957年、鎌倉市に生まれる。筑波大学第二学群比較文化学類、同大学大学院博士課程文芸・言語研究科で学ぶ。博士(文学)。岐阜大学名誉教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
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もくじ情報:演劇性の映画史;第1部(セカイの起源―ジャン・ルノワール論 前篇;セカイの起源―ジャン・ルノワール論 中篇;セカイの起源―ジャン・ルノワール論 後篇);第2部(ATG映画における演劇性(一)―大島渚論;ATG映画における演劇性(二)―吉田喜重論;パンデミックとしての映画/演劇―寺山修司論);第3部(別れと出会いの世界劇場―ウォン・カーウァイ論;台北クロニクル―エドワード・ヤン論;新たな邂逅に向かって―濱口竜介『ドライブ・マイ・カー』論)
もくじ情報:演劇性の映画史;第1部(セカイの起源―ジャン・ルノワール論 前篇;セカイの起源―ジャン・ルノワール論 中篇;セカイの起源―ジャン・ルノワール論 後篇);第2部(ATG映画における演劇性(一)―大島渚論;ATG映画における演劇性(二)―吉田喜重論;パンデミックとしての映画/演劇―寺山修司論);第3部(別れと出会いの世界劇場―ウォン・カーウァイ論;台北クロニクル―エドワード・ヤン論;新たな邂逅に向かって―濱口竜介『ドライブ・マイ・カー』論)