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内容紹介・もくじなど
著者プロフィール
下司 晶(ゲシ アキラ)
1971年生まれ。中央大学大学院文学研究科教育学専攻博士後期課程単位取得退学。博士(教育学)。現在、中央大学文学部教授(教育哲学・教育思想史)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 下司 晶(ゲシ アキラ)
1971年生まれ。中央大学大学院文学研究科教育学専攻博士後期課程単位取得退学。博士(教育学)。現在、中央大学文学部教授(教育哲学・教育思想史)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
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ポストモダン思想や近代批判は、教育学に何をもたらしたのか。初版刊行から10年。補論、付論、コラム等を新たに加え、教育哲学・教育思想史研究の最前線を描出する。…(続く)
ポストモダン思想や近代批判は、教育学に何をもたらしたのか。初版刊行から10年。補論、付論、コラム等を新たに加え、教育哲学・教育思想史研究の最前線を描出する。
もくじ情報:序章 教育思想とポストモダン;第一章 ポストモダニズムと規範の喪失?―教育哲学のポストモダン思想受容;第二章 近代批判、未完のプロジェクト―教育哲学は近代をどう論じてきたか;第三章 近代教育学批判とは何だったのか―教育思想史の課題と方法に寄せて;第四章 言語論的転回以後の教育思想史―あるいは、ポストモダニズムの何がいけないのか;第五章 教育哲学と教育実践、その関係性の転換―見失われた啓蒙のゆくえ;第六章 国民の教育権論をフーコーで組み替える―道徳の教科化にどう向き合うか;終章 戦後教育学を超えて;終章付論 ガート・ビースタとためらいの消失;補論一 批判の後に何が来るのか;補論二 批判の力は連鎖する;補遺 韓国語版への序文