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内容紹介・もくじなど
著者プロフィール
佐藤 達夫(サトウ タツオ)
1904年福岡県生まれ。官僚。28年東京帝国大学法学部を卒業、内務省に入省。32年法制局に移る。戦後、日本国憲法の起草に携わり、法制局長官、国立国会図書館専門調査員を経て、62年人事院総裁。74年在職中に逝去。植物研究家としても活躍し、『植物誌』(日本エッセイスト・クラブ賞受賞)など多数の植物エッセイや植物画集を刊行。昭和天皇の植物調査にも協力した。妻は料理研究家の佐藤雅子(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 佐藤 達夫(サトウ タツオ)
1904年福岡県生まれ。官僚。28年東京帝国大学法学部を卒業、内務省に入省。32年法制局に移る。戦後、日本国憲法の起草に携わり、法制局長官、国立国会図書館専門調査員を経て、62年人事院総裁。74年在職中に逝去。植物研究家としても活躍し、『植物誌』(日本エッセイスト・クラブ賞受賞)など多数の植物エッセイや植物画集を刊行。昭和天皇の植物調査にも協力した。妻は料理研究家の佐藤雅子(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
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法制局長官、人事院総裁など多忙な公務の傍ら、植物研究家として活躍し、多くのエッセイやボタニカルアートを遺した佐藤達夫。バチカンの燃えるような金盞花、議事堂でこっそりスケッチしたアカンサス、淋しがり屋のわれもこう、牧野富太郎と一緒に眺めた節分草―草花一〇二種への愛をあたたかな文章と繊細な絵で綴った名著、待望の復刊。
もくじ情報:1月~3月(福寿草;うらじろ ほか);4月~6月(耳形天南星;みやまえんれいそう ほか);7月~9…(続く)
法制局長官、人事院総裁など多忙な公務の傍ら、植物研究家として活躍し、多くのエッセイやボタニカルアートを遺した佐藤達夫。バチカンの燃えるような金盞花、議事堂でこっそりスケッチしたアカンサス、淋しがり屋のわれもこう、牧野富太郎と一緒に眺めた節分草―草花一〇二種への愛をあたたかな文章と繊細な絵で綴った名著、待望の復刊。
もくじ情報:1月~3月(福寿草;うらじろ ほか);4月~6月(耳形天南星;みやまえんれいそう ほか);7月~9月(むらさきしきぶ;雪の下 ほか);10月~12月(コスモス;いらくさ ほか);エッセイ 本棚の可憐な庭(市川春子)