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出版社名:中央公論新社
出版年月:2011年1月
ISBN:978-4-12-205424-0
251P 16cm
寛容論/中公文庫 ウ7-1
ヴォルテール/著 中川信/訳
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内容紹介・もくじなど
新教徒が冤罪で処刑された「カラス事件」を契機に、宇宙の創造主として神の存在を認める理神論者の立場から、歴史的考察、聖書検討などにより、自然法と人定法が不寛容に対して法的根拠を与えないことを立証し、宗教や国境や民族の相異を超えて、「寛容(トレランス)」を賛美した不朽の名著。
もくじ情報:ジャン・カラスが死に至った概要;ジャン・カラス処刑の結果;一六世紀における宗教改革の概要;寛容は危険であるか、またいかなる民族において寛容は許されているか;寛容はどうすれば許されるか;不寛容は自然法と人定法とに含まれているか;不寛容はギリシア人によって知られていたであろうか;ローマ人は寛容であったか;殉教者たち;…(続く
新教徒が冤罪で処刑された「カラス事件」を契機に、宇宙の創造主として神の存在を認める理神論者の立場から、歴史的考察、聖書検討などにより、自然法と人定法が不寛容に対して法的根拠を与えないことを立証し、宗教や国境や民族の相異を超えて、「寛容(トレランス)」を賛美した不朽の名著。
もくじ情報:ジャン・カラスが死に至った概要;ジャン・カラス処刑の結果;一六世紀における宗教改革の概要;寛容は危険であるか、またいかなる民族において寛容は許されているか;寛容はどうすれば許されるか;不寛容は自然法と人定法とに含まれているか;不寛容はギリシア人によって知られていたであろうか;ローマ人は寛容であったか;殉教者たち;誤った伝説の危険と迫害とについて〔ほか〕
著者プロフィール
ヴォルテール(ヴォルテール)
1694~1778。本名フランソワ=マリー・アルゥーエ。1717年、摂政オルレアン公を風刺した詩の作者としてバスチーユに投獄される。1718年、悲劇「エディプス王」初演、成功を収める。1719年、決闘の罪で再投獄、イギリスに亡命。1734年、イギリス見聞報告の装いのもとに、フランスを批判した『哲学書簡』を刊行、直ちに発禁処分となる。愛人シャトレ夫人とシレーに逃亡、約十年間同地に滞在、学究生活を送る。一時、プロイセン王フリードリヒ二世に招かれたが、1759年以降、スイス国境近くのフェルネーに安住する
ヴォルテール(ヴォルテール)
1694~1778。本名フランソワ=マリー・アルゥーエ。1717年、摂政オルレアン公を風刺した詩の作者としてバスチーユに投獄される。1718年、悲劇「エディプス王」初演、成功を収める。1719年、決闘の罪で再投獄、イギリスに亡命。1734年、イギリス見聞報告の装いのもとに、フランスを批判した『哲学書簡』を刊行、直ちに発禁処分となる。愛人シャトレ夫人とシレーに逃亡、約十年間同地に滞在、学究生活を送る。一時、プロイセン王フリードリヒ二世に招かれたが、1759年以降、スイス国境近くのフェルネーに安住する

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