ようこそ!
マイページ
ご利用ガイド
組合員情報の変更
メールアドレスの変更
ログイン
サイトトップ
e
フレンズトップ
すべて
本
雑誌
CD
DVD・Blu-ray
クリア
本 こだわり検索
書名
著者名
商品説明
出版社名
出版年月
―
2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986
1985
1984
1983
1982
年
―
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
月
以前
のみ
以降
ジャンル
選択してください
文庫
新書・選書
文芸
教養
人文
教育
芸術
児童
趣味
生活
地図・ガイド
就職・資格
語学
小学学参
中学学参
高校学参
辞典
コミック
ゲーム攻略本
エンターテイメント
日記手帳
社会
法律
経済
経営
ビジネス
理学
工学
コンピュータ
医学
看護学
薬学
ISBNコード
予約商品を表示しない
検索
クリア
本 >
文芸
>
文芸評論
>
文芸評論その他
出版社名:文治堂書店
出版年月:2019年3月
ISBN:978-4-938364-38-0
182P 19cm
光太郎ルーツそして吉本隆明ほか
北川太一/著
組合員価格 税込
1,287
円
(通常価格 税込 1,430円)
割引率 10%
お取り寄せ
お届け日未定
※ご注文が集中した場合、お届けが遅れる場合がございます。
内容紹介・もくじなど
もくじ情報:光雲抄―木彫孤塁;光太郎詩の源泉;鴎外と光太郎―巨匠と生の狩人;八一と光太郎―ひびきあう詩の心;心平・規と光太郎;湯川秀樹と光太郎;吉本隆明の『高村光太郎』―光太郎凝視;究極の願望(吉本隆明);造型世界への探針;高村光太郎選集 全六巻 別巻一(春秋社);対談 高村光太郎と現代;隆明さんへの感謝;死なない吉本;しかも科学はいまだに暗く―賢治・隆明・光太郎;三つの「あとがき」抄;あとがきのごときもの;初出誌メモ
もくじ情報:光雲抄―木彫孤塁;光太郎詩の源泉;鴎外と光太郎―巨匠と生の狩人;八一と光太郎―ひびきあう詩の心;心平・規と光太郎;湯川秀樹と光太郎;吉本隆明の『高村光太郎』―光太郎凝視;究極の願望(吉本隆明);造型世界への探針;高村光太郎選集 全六巻 別巻一(春秋社);対談 高村光太郎と現代;隆明さんへの感謝;死なない吉本;しかも科学はいまだに暗く―賢治・隆明・光太郎;三つの「あとがき」抄;あとがきのごときもの;初出誌メモ
著者プロフィール
北川 太一(キタガワ タイチ)
大正14年(1925年3月)、東京日本橋に生まれた。海軍技術科士官として敗戦に遭う。東京工業大学卒業。都立向丘高等学校定時制教諭として四十年近い歳月を過ごす一方、晩年の高村光太郎に親しみ、没後、全集編纂の実務を手初めに、『全詩集』『彫刻全作品』『書』等、資料の収集・整理・刊行に努めた(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
北川 太一(キタガワ タイチ)
大正14年(1925年3月)、東京日本橋に生まれた。海軍技術科士官として敗戦に遭う。東京工業大学卒業。都立向丘高等学校定時制教諭として四十年近い歳月を過ごす一方、晩年の高村光太郎に親しみ、没後、全集編纂の実務を手初めに、『全詩集』『彫刻全作品』『書』等、資料の収集・整理・刊行に努めた(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
同じ著者名で検索した本
高村光太郎と尾崎喜八
北川太一/著 石黒敦彦/編
1時間でよくわかる楽しいJA講座
北川太一/著
遺稿「デクノバウ」と「暗愚」 追悼/回想文集
北川太一/著 小山弘明/監修 北川光彦/監修
JA組合員のための総代ハンドブック 1時間でよくわかる
北川太一/著
ヒュウザン会前後 光太郎伝試稿
北川太一/著
智恵子相聞 生涯と紙絵/高村光太郎ノート
北川太一/著
光太郎智恵子うつくしきもの 「三陸廻り」から「みちのく便り」まで
高村光太郎/著 北川太一/著
新帰朝者光太郎 「緑色の太陽」の背景/高村光太郎ノート
北川太一/著
詩稿「暗愚小伝」
高村光太郎/〔著〕 北川太一/編
大正14年(1925年3月)、東京日本橋に生まれた。海軍技術科士官として敗戦に遭う。東京工業大学卒業。都立向丘高等学校定時制教諭として四十年近い歳月を過ごす一方、晩年の高村光太郎に親しみ、没後、全集編纂の実務を手初めに、『全詩集』『彫刻全作品』『書』等、資料の収集・整理・刊行に努めた(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
大正14年(1925年3月)、東京日本橋に生まれた。海軍技術科士官として敗戦に遭う。東京工業大学卒業。都立向丘高等学校定時制教諭として四十年近い歳月を過ごす一方、晩年の高村光太郎に親しみ、没後、全集編纂の実務を手初めに、『全詩集』『彫刻全作品』『書』等、資料の収集・整理・刊行に努めた(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)